コンピューターで探る分子 原子の世界 慶應義塾大学理工学部化学科菅原道彦 016/1/1 1 量子力学とは 早分かり系 量子力学 エネルギーが飛び飛び ( 離散的 ) 電子や光は粒子性と波動性を持つ ( 二重性 ) 波動関数の 乗 = 粒子の存在確率 粒子の位置と運動量は同時に確定できない ( 不確定性原理 ) 古典論ではエネルギー的に到達できないところに粒子が存在できる ( トンネル効果 ) 016/1/1 古典系の運動方程式 古典力学 ( マクロの世界 ) ニュートンの運動方程式 I.Newton (164~177) F = ma 力 = 質量 加速度 質量 m の物体に働く力 F と加速度 a との関係しかわからない 運動 は? 016/1/1 古典系の運動方程式 x 微分 F mg g: 重力加速度 位置 mg dt = 速度 v(t) F = ma 微分方程式 微分 d d x t d x dt 加速度 a(t) 016/1/1 4 = 古典系の運動方程式 x mg x = 0 ニュートンの運動方程式 d x mg = m dt x( t) = gt リンゴの位置の時間変化が 関数 として求められる! 軌道 0-5 -10-15 -0 古典系の運動方程式の 哲学 1 リンゴを何回 ( 同じ条件で ) 落としても地面に到達するまでの時間は一緒 何回やっても同じことが起きる! 決定論的 決定論的な力学 初速度 v -5 0 1 4 5 t 016/1/1 5 016/1/1 6
古典系の運動方程式の 哲学 目を離したすき 運動の存在 観測していなくてもリンゴの運動は実際に起こっている ( 見てないだけ ) 運動自体が 存在 している! 存在論的 016/1/1 7 古典系の運動方程式の 哲学 1 リンゴを何回 ( 同じ条件で ) 落としても地面に到達するまでの時間は一緒 何回やっても同じことが起きる! 決定論的 観測していなくてもリンゴの運動は実際に起こっている ( 見てないだけ ) 運動自体が 存在 している! 存在論的 016/1/1 8 量子力学における運動とは 決定論的ではない運動とは? ( 同じ条件で ) 電子を投げるたびに 異なるところに到達する! そんな現象の運動方程式なんてあるのか? そもそも 予想不可能では? 身近な 非 決定論的現象 さいころ投げ コイン投げ 確率論的 016/1/1 9 復習 確率密度関数 :P( とは? P( を持つ 実数サイコロ x から x+ の目が出る確率 =P( P ( x ) ~ の間の数字が出る確率 = P( 016/1/1 10 シュレディンガー方程式 まず 理解すべきことは 微分方程式である Ĥ= m 1ˆ d HΨ ( x+ ) V= ( E Ψ( x( ) x= ) EΨ( Ψ 微分演算子! 1 d Ψ( + V ( Ψ( = EΨ( m E.Schrodinger (1887~1961) 016/1/1 11 復習 ポテンシャル関数 :V( ポテンシャルって何? 例 ) ばねを引っ張る力 F とばねの伸び x は比例する ( フックの法則 ) 微分 k F = kx V ( = dv ( x x 微分して負号を付けると力になる関数 力の働き方 ポテンシャル 例 ) 水素原子なら 1 微分 dv ( r) 1 r dr r ) = kx V ( r) = = 016/1/1 1
粒子の位置目シュレディンガー方程式 1 d Ψ( + V ( Ψ( = EΨ( m m: 質量 V(: ポテンシャル関数 解くべき対象 ( 未知なもの ) は 謎の関数 Ψ( と謎の定数 E 物理的な意味は? 既知! 波動関数登場! 波動関数 Ψ( の意味 Ψ( x ) = P( 波動関数の絶対値の 乗 粒子の存在確率密度関数 ボルンの確率解釈 M.Born (188~1970) 016/1/1 1 016/1/1 14 の波動関数 vs. サイコロ投げ出Ψ( る確率1 6 1 粒子の存在確サイコロの目 率確率的な情報! = Ψ 016/1/1 15 ( P P( 箱の中の電子 n = 5 一次元の箱に電子を一個閉じ込める シュレディンガー方程式は 1 波動関数は実在しない V(=0 情報 なので! d Ψ( 電子雲なんてものもない = EΨ( n = 4! 回微分すると自分自身 E Ψ( sin nx 乗! n = n = ( = Ψ( sin nπx n = 1 016/1/1 16 箱の中の電子 謎の定数 E は何か? d Ψ( = EΨ( d Ψ( = n Ψ( 波動関数 Ψ( = sin nx 1 回微分 dψ( n = 4 = En 4 cos nx 回微分 E E n = n d Ψ( = n sin E E 016/1/1 1 17 エネルギー! E 5 n = 5 n = n nx = n =1 箱の中の電子 エネルギーは E n = n n に依存 n は整数 エネルギーを観測 飛び飛びの値 だけが観測される 節 : 波動関数のゼロ点 E E 1 016/1/1 18 E E 4 E 5 n = 5 n = 4 n = n = n =1
時間 t( 運動 ) は何処へ消えた? 古典力学で箱の中の電子を考える ニュートンの運動方程式では 等速直線運動 運動初速度 v 電子は左右の壁に衝突して行ったり来たりしている t 同時刻に測定すれば いつでも同じ位置に電子が見つかる! 古典軌道 016/1/1 19 時間 t( 運動 ) は何処へ消えた? 量子力学 時間 t の情報なし! Ψ( 識情報 運動常位置のの壁 波動関数 場所 xに電子を見出す確率のみを教えてくれる 古典力学 時間 t を含む 古典軌道 ボールの運動について教えてくれる 電子の運動について ボールは( 実際に ) 運動している は解らない 運動の存在! 電子の運動なんてそもそも無い!? 016/1/1 0 電子の運動があるとして 箱の中の電子 ( 再考 ) 何回観測しても節に電子は見つからない 節 : 波動関数のゼロ点 電子は節を通り抜けられないのでは??? なのに 節の左右に電子は観測されるのか! 電子の運動なんてそもそもない 節 の通り抜け云々なんてナンセンス 016/1/1 1 最後に 電子投げ! 電子の 重スリット実験 電子銃 速度 v 何回も 電子 ( 速度 v) で発射! 016/1/1 スクリーン=感電子板 電子の 重スリット実験 古典的に考えると 電子の 重スリット実験 量子力学的に実験結果を予想する 電子銃 016/1/1 確率密度電子銃 Ψ( 016/1/1 4
電子の 重スリット実験 実験結果 : 干渉縞の生成 1 4 016/1/1 5 重スリット実験の不思議さ 量子力学の ありえなさ 1. 毎回 電子が到達する位置が異なる! 確率論的 : 波動関数が確率情報を保持. 電子がどちらのスリットを通ったかは解らない! 非存在論的 : 電子の運動なんて ない! 見ていないから解らない? 解ろうとしてはいけないのだ! 016/1/1 6 量子化学入門 量子化学とは? 分子についてシュレディンガー方程式を解く 電子の ( 確率密度 ) 分布 分子軌道法 という理論 コンピュータの上での 仮想実験室 物質の反応性 物質の色 (= 光の吸収 ) 016/1/1 7 量子力学 の完成? ディラックの言葉 量子力学の一般理論は 今やほぼ完成し 要するに 物理学の大部分と化学の全体の数学的理論に必要な基礎的物理法則は完全にわかっているということであり 困難は ただ これらの法則を厳密に適用すると複雑すぎて解ける望みのない方程式に行き着いてしまうことである Paul Dirac (190~1984) 量子力学の形式論を完成させた人 量子力学に関する洞察をそのまま記号形式に置き換えたようなブラベクトル ケットベクトルを駆使して記述した著書 量子力学 (Principles of Quantum Mechanics) は 名著と言われている 出典 : フリー百科事典 ウィキペディア (Wikipedia) 016/1/1 8 ( 解析的に ) 解ける問題 水素原子 ( 電子 1 個に原子核 1 個 ) のみ H Ψ ( r,, θ,, ϕ ) = R n( n r ) Y lm( lm θ,, ϕ ) 解けない問題 多粒子系は複雑すぎて解けない! 分子 ( 多電子 多原子核 ) は絶望的? 016/1/1 9 016/1/1 0
016/1/1 1 近似的 に解く 電子の入る部屋 原子核を止める 電子の運動だけ考える! 一つの電子 に着目 分子軌道 (=1 電子用波動関数 ) 電子の存在 ( 確率 ) 密度関数 W. Pauli (1900~1958) パウリの原理 : 電子は分子軌道に 個ずつ入る 他の電子は 電子雲 のようなもの ( 平均場 = 雰囲気 ) として取り扱う 1 電子用の波動関数 を求めればよい 分子軌道 016/1/1 二個ずつ入る= 電子がフェルミ粒子であるため 分子軌道計算 クロロベンゼンの分子軌道 分子軌道計算 大事な分子軌道 LUMO 最高占有軌道 (HOMO) HOMO 電子が入っている軌道で 一番不安定なもの 最低非占有軌道 (LUMO) HOMO(Highest occupied molecular orbital) LUMO(Lowest unoccupied molecular orbital) 電子が入っていない軌道で 一番安定なもの 016/1/1 016/1/1 4 ナフタレンの分子軌道 ナフタレンの反応 NH 電子がいないところを狙う? + NO 電子を攻撃! NH ーと NO + は異なる場所に付くはず? 実際は + NO 同じ場所に付く! NH ナフタレンの分子軌道 ナフタレンの反応 NH LUMO LUMO を攻撃! HOMO + NO HOMOを攻撃! 両方とも似ている 016/1/1 5 016/1/1 6
キーポイント 分子のシュレディンガー方程式は近似 的に解ける { エネルギー準位 分子は飛び飛びのエネルギー状態を持つ エネルギー準位 分子軌道 パウリの原理 分子軌道の形から電子密度がわかる 正確には確率密度 { 分子の 反応性 を視覚的に議論できる 016/1/1 7 016/1/1 光の波長と光子のエネルギー 光の吸収と 遷移 アインシュタインの光量子 振動数 ν エネルギー準位の差が光子のエ ネルギーに等しい時 = c / λ 波長 エネルギーhνを持つ 光の粒 光子 E= 8 E 遷移 波長λの光 A.Einstein (1879~1955) = E E1 光子のエネルギー が吸収される 等価 安定な状態E1 不安定な状態E 016/1/1 h プランク定数 c 光速 9 波長大 光の吸収と色 補色 振動数小 色相環 波長短 振動数大 1 2 色相環で正反対 の色が補色 3 1,,5-ヘキサトリエン 016/1/1 45 紫外線 結合が長くなるほど 吸収波長も長くなる 4 5 4 1,,5,7-オクタテトラエン コンピュータで探る分子の世界 8 9個位 から着色 2 見える色 41 3 1 エチレン 016/1/1 可視光線 オレフィン エチレン系炭化水素 ブタジエン 目に見える色 40 分子の色を予測する 吸収 吸収された色 の 補色 E1 016/1/1 1,,5,7,9-デカペンタエン 7
016/1/1 4 問 海の色はなぜ青いのか? まあ 色々考えられます 空の色の反射? 不純物の色? ここでは 水に色がついている という主張を検証してみる 水の色を 計算で予想するためには 光の吸収波長 ( 振動数 ) を理論的に求めればよい! 問 海の色はなぜ青いのか? シュレディンガー方程式を解く! エネルギー状態 ( の差 ) 波動関数 吸収の強度 ( 程度 ) どの波長 の光を よく 吸収するのかを計算で求めるエネルギー状態波動関数 016/1/1 44 答 海の色はなぜ青いのか? 赤色付近の波長をよく吸収 赤の補色である シアン ( 水色 ) が目に見える 吸収強度 1 80 40 480 50 580 60 680 0.1 0.01 exp cal 0.001 0.0001 波長 016/1/1 45 波長 吸収! 見える色! 水色は 水の色! キーポイント 分子のエネルギー状態は飛び飛び 電子が原子核からの引力によって束縛されているから ( 束縛運動だから ) 分子の色 光の吸収 エネルギー準位 間の遷移 エネルギー準位を計算で求めて分子の色を理論的に予測できる! 016/1/1 46 ひとつの粒子の存在確率分布? ひとつの粒子の存在確率分布? レポート課題 1: このマンガは 波動関数の意味 をどの程度正確に表しているだろうか? 1 確率論的である 運動が実在しないを イメージできるかを重視して議論しなさい 016/1/1 47 016/1/1 48