学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 市川理子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査神奈木真理 東田修二 論文題目 Methotrexate/iatrogenic lymphoproliferative disorders in rheumatoid arthritis: histology, Epstein-Barr virus, and clonality are important predictors of disease progression and regression ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 関節リウマチの患者はリンパ増殖性疾患を合併することが知られている 免疫抑制剤 特に Methotrexate(MTX) による免疫抑制と Epstein-Barr(EB) ウィルスの再活性化が大きな要因と考えられており 免疫抑制剤の中止のみでリンパ増殖性疾患が自然消退する例も報告されている しかし どのような症例が自然消退するのか その予後 病理組織像など明らかになっていない そこで われわれは 102 例の関節リウマチ患者に発症したリンパ増殖性疾患 (RA-LPD) の病理組織像 臨床像 予後を調査した また EB ウィルス感染の有無 PCR 法による immunoglobulin heavy chain(igh) の Clonality の有無 免疫抑制剤の使用状況を調べ 予後 自然消退の有無 再発の有無を比較した 102 例の RA-LPD の組織像は Diffuse large B-cell type 53 例 Hodgkin lymphoma 9 例 Polymorphic B-cell LPD 20 例 Reactive lymphadenitis 11 例 Peripheral T-cell lymphoma 4 例 Composite lymphoma 2 例 Follicular lymphoma 3 例であり EB ウィルスは 60% で陽性であった MTX を使用していた 47 例では 28 例 (59%) で MTX の中止のみで自然消退がみられ 自然消退の頻度は EBV 陽性の症例 DLBCL 以外の組織型で有意に高かった 74 症例で PCR 法により IGH の Clonality を検索し 31 例で Monoclonal band がみられた 化学療法を施行した DLBCL において IGH の clonality がみられた症例では有意に Disease free survival が短かった RA-LPD では 年齢 70 歳以上 組織型が DLBCL である症例で有意に Over all survival が短かった 組織像 EBV 感染の有無 IGH の Clonality の有無が RA-LPD において 予後予測に有用であると考えられた < 緒言 > 関節リウマチの患者では 通常と比較して 2 倍から 5.5 倍リンパ増殖性疾患を発症しやすいことが知られている 関節リウマチ自身による免疫賦活状態や 免疫抑制剤 特に MTX による免疫抑制が原因と考えられている 関節リウマチ自身でもリンパ増殖性疾患発症のリスクがあるため MTX 単独でのリンパ増殖性疾患のリスクは有意差が明らかになっていないが 数々の報告で MTX の中止のみで病変の自然消退がみられることから リンパ増殖性疾患発症への関与が考えられる - 1 -
MTX を使用している患者に発症するリンパ増殖性疾患は WHO 分類では 移植後リンパ増殖性疾患や HIV 感染に伴うリンパ増殖性疾患と類縁の Other iatrogenic immunodeficiency associated LPD に分類されている 関節リウマチの治療は 近年激変し 早期の MTX 投与が第一選択となっており 今後 MTX 関連のリンパ増殖性疾患が増加すると思われる さらに抗 TNFα 抗体などの生物学的製剤の併用も行われ それらの影響も予想される 免疫抑制剤中止後に自然消退する症例では EBV が陽性であることが多いとの報告もあり HIV 関連や移植後関連などの免疫不全関連リンパ増殖性疾患と類似の疾患であると考えられる 今回は MTX-LPD においてどのような症例が自然消退するのか また RA-LPD の予後 再発の予想因子を明らかにするために 組織像 EB ウィルスの有無 IGH の Clonality の有無 治療効果を調べた < 方法 > 2004 年から 2011 年の間に 関節リウマチの患者で リンパ節またはその他の腫瘤性病変を切除し 久留米大学にて病理組織検査を行った患者を対象とした 臨床情報 経過は主治医へのアンケート調査によって得た 関節リウマチの診断はそれぞれの施設で American College of Rheumatology criteria に従い行われた 病理組織診断は久留米大学にて 3 人の著者により行った 病理診断は WHO 分類第 4 版に従い 以下の 7 型に分類した (i) diffuse large B-cell lymphoma (DLBCL), (ii) Hodgkin lymphoma (HL), (iii) polymorphic B-cell LPD (P B-LPD), (iv) reactive lymphadenitis (RL), (v) peripheral T-cell lymphoma (PTCL),(vi) composite lymphoma (CL), and (vii) follicular lymphoma(fl). 症例のパラフィン切片を用いて CD3 CD20 CD15 CD30 PAX5に対する抗体で免疫染色を行った EBERを標的とするIn situ hybridization(ish) を用いてEBウィルスの有無を調べた B 細胞性のLPDではパラフィン切片を用いてDNAを抽出し PCR 法にてIGH 再構成の有無を調べた 統計解析はJMP9を用いて行い Over all survivalは診断日から死亡日または最終生存確認日まで Disease free survivalは化学療法施行日から再発日または 最終生存確認日までの期間を算出し Kaplan-Meier 法を用いて生存曲線を描き Log-rank 法にて各要素のSurvivalの差を検定した MTX-LPDでは自然消退した群としなかった群との比較はχ 2 乗検定で行った < 結果 > 102 例のRA-LPDの組織像はDiffuse large B-cell type 53 例 Hodgkin lymphoma 9 例 Polymorphic B-cell LPD 20 例 Reactive lymphadenitis 11 例 Peripheral T-cell lymphoma 4 例 Composite lymphoma 2 例 Follicular lymphoma 3 例であり EBウィルスは93 例中 56 例 (60%) で陽性であった B 細胞性のリンパ増殖性疾患では74 例中 31 例でIGH 再構成のMonoclonal bandを認めた 47 例は MTX 中止のみで経過観察をし 28 症例で自然消退がみられた 17 例は CR 11 例は PR であったが 再発 残存病変が 28 例中 13 例で見られた 自然消退した例ではしなかった例と比べ EB ウィルスの陽性頻度が有意に高かった (80% vs. 50%;P=0.007) また組織型が DLBCL - 2 -
である頻度は有意に低かった (39 vs. 78%;P=0.006) 48 例で 最終的に化学療法が施行され 34 例が CR 10 例が PR となった 18 例が再発し 18 例中 15 例は DLBCL であった 化学療法が施行された DLBCL の症例では IGH の Clonality がみられる症例で有意に Disease free survival が短かった 全生存率は 70 歳以上の年齢と DLBCL の組織型で有意に低かった RA-LPD では 年齢 70 歳以上 組織型が DLBCL である症例で有意に Over all survival が短かった < 考察 > 今回の結果から RA-LPD において年齢と DLBCL の組織型が予後不良因子であると考えられた また 化学療法を施行した DLBCL の組織型の RA-LPD では IGH の Clonality があると DFS が短いことが分かった MTX を使用していた MTX-LPD では MTX 中止のみで経過を見た場合 EBER 陽性 DLBCL 以外の組織型で自然消退が有意に多かった 今回の検討では RA-LPD のうち 73% が B 細胞性の LPD であり 以前の報告と同様であった またその他の免疫不全関連の LPD も B 細胞性起源が多く 類似の疾患であると考えられる MTX を使用している関節リウマチの患者では 3 つの機序で EBV が活性化すると考えられる 1 つ目は関節リウマチの自身の影響である 最近関節リウマチの患者では細胞障害性 T 細胞の機能低下がみられ EBV 量が通常より高いということが明らかになった 2 つ目の機序は MTX による T 細胞の接着分子と活性化の抑制である 3 つ目としては MTX 自身の作用により EBV の潜伏細胞からの放出である このような機序で EBV は活性化し腫瘍化へとつながると考えられている しかし EBV 陰性の症例もみられることから これら以外の機序も考えられる MTX による腫瘍免疫の低下や DNA メチレーションの阻害なども影響しているであろう 今回の報告では RA-LPD の 60% MTX-LPD の 62% で EBV 陽性であった これはその他の免疫不全関連の LPD と同様で 通常のリンパ腫では約 5% であるのに比べ陽性頻度が高い また過去の RA-LPD の欧米での報告では EBV の陽性頻度は 12% と低いが これは過去の報告であり MTX の使用がわずか 5% の患者のみであったことが原因と考えられた また日本人では EBV の陽性頻度が高く人種間の差も影響していると思われる EBV はⅠ~Ⅲ 型の感染様式をとり腫瘍の種類により EBV の感染様式が異なり Ⅰ 型 Ⅱ 型 Ⅲ 型の順に表面に発現する膜蛋白が増える この膜蛋白は細胞障害性 T 細胞の標的となるためⅠ 型感染様式の腫瘍は宿主の免疫が保たれていると考えられる Ⅱ Ⅲ 型となるにつれ 標的蛋白が発現しているにもかかわらず 腫瘍化していることから宿主の免疫が低下している腫瘍でみられる HIV 関連 LPD や移植後 LPD ではⅢ 型の感染様式であるが 今回の検討では RA-LPD の多くはⅡ 型であり これは過去の報告も同様であった RA-LPD では他の免疫不全関連の LPD とくらべ 免疫不全が比較的軽度であると思われる RA-LPD の治療はまだ確立していない 選択肢としては免疫抑制剤の中止 化学療法 リツキサン単独療法 免疫療法 (EBV-specific T-lymphocyte) などが考えられる MTX の中止は移植後 LPD と同様検討すべき選択肢である 今回の報告でも MTX の中止のみで経過観察した 47 例のうち 28 例 (59%) が自然消退した 自然消退率は過去の報告より高いが これ - 3 -
はおそらく 臨床医が最近まで MTX の中止のみで様子をみず すぐに化学療法を施行する傾向にあったことが原因ではないかと思われる EBV 陽性頻度と自然消退の関係は過去の報告と同様であった MTX を中止後どのくらい経過観察すべきかは明らかではない しかし今回の検討では自然消退する症例は大体 ⒉か月以内には改善がみられている また過去の報告では CR は 4 週間以内に PR は 2-3 か月以内に起こるとされているため MTX 中止後は全身状態が許せば 2,3 か月の経過観察が望まれる リツキサンは移植後の LPD で行われる治療である RA-LPD の場合 リツキサンは抗腫瘍効果のみならずリウマチへの治療効果も期待できる 今回の症例でも P-LPD の 2 症例 CD20 陽性の HL の 1 例でリツキサン単独での治療を行いそれぞれ 14,42,33 か月寛解を維持している また関節リウマチのコントロールも良好であることから 今後有効な治療法であることが示唆される 免疫不全関連の LPD では Polyclonal Monoclonal Oligoclonal など様々な増殖がみられ多段階発癌であると考えられる 移植後 LPD では Monoclonal な増殖は予後不良因子であり HIV 関連 LPD では治療への CR 率 全生存率は Polyclonal な増殖の患者で有意に高い 今回の RA-LPD の検討でも IGH の Clonality のみられる症例では DFS が有意に短く 他の免疫不全関連 LPD と同様 Clonal な B 細胞の増殖がより活動性の高い段階であることを示している 本報告での RA-LPD の 5 年生存率は 80% で過去の報告と比較して高い値だった しかし 102 例中 死亡したのは 11 例と少数であった 70 歳以上の年齢 DLBCL の組織型で生存率は有意に短かく EBV や IGH の Clonality の有無と予後との関連は見られなかった これは多くの死因がおそらく高齢のための治療関連死や 原病以外での死亡であるためである 正確な生存率を評価するためにはもう少し長い経過観察が必要である 以上より今回の報告で組織型 EBV IGH の Clonality が予後予測に重要であることが分かった この情報をもとに今後さらなる前向きの検討が望まれる - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4 6 5 5 号市川理子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査神奈木真理 東田修二 ( 論文審査の要旨 ) 関節リウマチ患者ではリンパ増殖性疾患を合併することが知られている 治療薬である Methotrexate(MTX) による免疫抑制と Epstein-Barr(EB) ウイルスの再活性化が大きな要因と考えられているが 予後を規定する因子については明らかではない 申請者らは 関節リウマチ患者に発生したリンパ増殖性疾患 (RA-LPD)102 例について病理組織像 臨床像 予後を調査し EB ウイルス感染の有無 イムノグロブリン重鎖のクロ-ナリティの有無 免疫抑制剤の使用状況と 予後との関係を解析した その結果 病理組織像では Diffuse large B-cell lymphoma(dlbcl)type が 53 例と最も多く EB ウイルス感染は 60% にみられた MTX 使用例では 50% で MTX の中止のみで自然消退がみられ 自然消退の頻度は EB ウイルス感染例 DLBCL 型以外の例で有意に高かった また イムノグロブリン重鎖のクロ-ナリティは 74 例中 31 例に認められ DLBCL 型でクロ-ナリティがあった症例は有意に Disease free survival が短かった また 高齢者や DLBCL 型の例では Overall survival が有意に短かった 以上 本研究は 病理組織像 EB ウイルス感染の有無 イムノグロブリン重鎖のクロ- ナリティの有無が RA-LPD の予後予測上有用であることを示した意義のある研究と考えられる ( 1 )