この講義ノートは以下の URL から入手できます http://www.sbchem.kyoto-u.ac.p/matsuda-lab/hase_fles/educaton_jh.html 量子化学概論講義ノート 3 正準 HF(Canoncal HF) 方程式 制限 HF(RHF) 方程式 HF-Roothaan(HFR) 方程式 京都大学工学研究科合成 生物化学専攻長谷川淳也 HF 解の任意性について式 (.9) の解 { ϕ } は電子数 個存在するが それらのユニタリー変換を 考える ϕ = ϕu, (3.) ユニタリー変換はユニタリー行列による線形変換である ユニタリー行列 U は 共役行列 U が逆 行列 U になるので = U U = U U = UU = UU なる性質を持つ [ 演習問題 3-] UU = を行列要素 [ ],, U = U = U, U の積の和が [ ] = δ,, を与えるという, 表現に改めよ 従って 式 (.9) は 以下のように書き直すことができる ここで F F ϕ = ϕ U = ϕε U = ϕ δ ε U = ϕ U U ε U = ϕε (3.), k k,, k k,k k,, k k,l l,k k,, l l, k, k,l,k,l l εl, Ul,kεk,U, = により ユニタリー変換を課した未定乗数を導入した ユニタリー変 換は無数に存在するので 様々な一電子軌道の表現 { ϕ } がある 例えば 直交座標軸の回転に応 じて ある点の座標の表現が様々に変化することを想像すると理解しやすい 正準 HF 方程式式 (3.) の右辺において 変換後の未定乗数が対角的 εl,δl, = εδl, になることを条件としてユニタリー変換を定めることができる これを用いると HF 方程式 (3.) は Fϕ = ϕε (3.3) と簡単化される これが正準 (canoncal)hf 方程式である 固有方程式の形をとるので解き易 く 解は固有値 { ε } 固有ベクトル{ ϕ } として一意に定めることができる 今日の量子化学にお いて HF 方程式 と言えば 正準 HF 方程式を指し 分子軌道法の基本方程式である これ以降 正準 は省略し 式 (3.3) において ε ε ϕ ϕ と置き換えて簡単化する [ 演習問題 3-] 式 (.3)(.4) のクーロン 交換演算子について Jϕ = J ϕ と Kϕ = K ϕ がユニタリー変換に対して不変であることを示せ [ ヒント :{ ϕ } で表現された演算子が { ϕ } 現されたものに変換されることを示せ ] で表 正準分子軌道と局在化分子軌道正準 HF 方程式から得られる分子軌道は 正準分子軌道 (canoncal molecular orbtal) と呼ばれ Fock 演算子の固有関数として得られる ところが 正準分子軌道はしばしば化学者の直観とは異なる形状を示す ( 図 4a) これは 正準分子軌道が無
数にある軌道表現の一つにしか過ぎないからである 逆に あるユニタリー変換を行うと 局在化分子軌道と呼ばれる軌道へと変換でき 化学者の直観に合った表現が得られる (a) 正準分子軌道 (b) 局在化分子軌道 図 4. (a) メタンの正準分子軌道 有機化学の教科書で見慣れた sp 3 混成軌道とはかけ離れている (b) メタンの局在化軌道により表現された sp 3 混成軌道 未定乗数は軌道エネルギーを表す 本節では HF 方程式 Fϕ = ϕε (3.4) の固有値 ε について その物理的意味をより詳細に説明する 式 (3.4) において 左から固有関数 ϕ をかけて積分し 式 (.8) を用いて Fock 演算子を各成分に分割すると ε = ϕ Fϕ dτ = ϕhϕ dτ+ ϕ J ϕ dτ ϕ K ϕ dτ (3.5) となる 一電子軌道 ϕ は規格化されているので 式 (3.5) の各成分は個々の演算子の期待値であることがわかる 右辺第 項は軌道 ϕ にある電子の運動エネルギーと核 電子クーロン引力エネルギーの期待値である 第 3 項は軌道 ϕ にある電子とその他の電子とのクーロン反発相互作用に由来し それぞれクーロン 交換演算子の期待値である 演算子 J および K の期待値は全電子についての和が取られており 電子 と電子 とのクーロン 交換相互作用を表している 従って 未定乗数として導入された ε は軌道 ϕ のエネルギーを表していることがわかる つまり HF 方程式 (3.4) は軌道 ϕ にある電子が満たす一電子の SE である 次に 式 (3.5) におけるクーロン 交換積分の物理的意味について解説する まず J に関する積分は ϕ ( r) ϕ ( r ) ρ ( r) ρ ( r ) ϕ J ϕ dτ = ϕ ( τ) ϕ ( τ) dτdτ = dτdτ (3.6) r r r r であるので 軌道 ϕ にある電子密度 ρ ( r ) と軌道 ϕ にある電子密度 ρ ( r ) とのクーロン反発エネルギーを表す 式 (3.5) は全ての軌道 ϕ についての和をとるので 全電子密度 ρ( r) = ρ ( r) と 軌道 ϕ にある電子の電子密度 ρ ( r ) とのクーロン反発エネルギーである ( 図 5) ρ ( r ) ρ ( r ) ϕ J ϕ dr = dr dr (3.7) 図 5. クーロン積分は電子密度間のクーロン反発である 図 6. 交換積分は 波動関数の積 で定義される空間どうしのクーロン反発である
同様に 交換積分については ϕ ( τ ) ϕ ( τ ) ϕ K ϕ dτ = ϕ ( τ ) dτ ϕ ( τ ) dτ (3.8) のように 二つの一電子軌道 ϕ ϕ の積で定義される空間 ϕ τ ϕ τ ϕ τ ϕ τ (3.9), どうしのクーロン反発を表している 直感的には 図 6 に示したように 交換積分の値は波動関 数 ϕ, ϕ の空間的な重なりが大きい程大きくなる 交換積分は パウリの反対称性原理を満たす要 請から生じるので 式 (3.5) のように負号が付く 通常 交換積分は正値をとるので 軌道エネルギーを安定化させる効果があることが分かる つまり 重なりのある軌道による交換積分が化学結合 特に共有結合の駆動力になっているのである 軌道エネルギーと全エネルギー 個の電子が軌道 ϕ, =, を占有した時 その軌道エネルギーの和 ε は全電子エネルギーに等しくなるだろうか? 答えはoである では まず式 (3.5) を 電子について和をとってみる ε = h + ( J K) (3.0) = =, = これは 式 (.5) と比較すると 式 (3.0) ではクーロン積分と交換積分を過大評価することがわかる この理由は 電子 の反発エネルギーは電子, それぞれの軌道エネルギーに含まれる ため 軌道エネルギーの総和をとると 重カウントされてしまうことにある よって 全エネルギーは軌道エネルギーを用いて表記すると E = ε ( J K) もしくは E = ( ε + h) (3.) となる =, = = [ 演習問題 3-3] 式 (3.) の第 式を導け 制限 (restrcted)hf(rhf) 方程式の導出次に スピン軌道を用いて導いた HF 方程式を 空間軌道を用いた方程式へと変換する スピン軌道を用いた場合 個のϕ についての方程式 (3.4) を解く必要があった しかし α, β スピンを持つ電子が共通の空間軌道を持つように制限された場合 = もしくは ϕ ( τ ) β ϕ τ r α s = r s (3.) occ 個の空間軌道 についての方程式を解けばよい 閉殻の電子構造 ( 一つの空間軌道に二つの電子が占める電子構造 ) ならば = となる occ まず スピン軌道を用いた場合の HF 方程式 (3.4) を再度書き表す ここで ϕ ( τ) ϕ ( τ ) ϕ ( τ) ϕ ( τ) (3.3) hϕ τ + dτ ϕ τ dr ϕ τ = ϕ τ ε r r r r ϕ がα スピンを持つ場合について ϕ α = r r を代入する クーロン演算子は 3
( τ ) ϕ ( τ ) J ϕ ( τ) = =, =, r r dτ ϕ τ ϕ ( r ) σ ( s ) ( r ) σ ( s ) = dr ds =, occ σ= α, β α ( r ) α( s ) r r = dr s s ds r s σ =, r occ r σ= α, β =, occ J r s σ α (3.4) となり α と β の寄与により 倍になる ここで空間軌道 { } を用いたクーロン演算子 J を定 義した 交換演算子についても同様であるが スピン関数の積分が異なることに注意されたい ( r ) ( r ) K ϕ ( τ) = =, =, r occ r dr r σ s =, occ α K r s ここでも 空間軌道 { } を用いた交換演算子 K を導入した (3.5) [ 演習問題 3-4] 式 (3.5) を導出せよ ϕ ( r ) がα スピンを持つので σ に関する和においてσ = β の時はスピン関数に関する積分がゼロになる ( α( s) β ( s) ds = 0 ) ことを利用せよ よって RHF 方程式は 空間軌道を用いて h+ ( J K ) = ε =, occ F RHF = ε (3.6) と表される RHF 法における Fock 演算子は空間軌道を用いた表現により =, occ となる 軌道エネルギーの表式については 式 (3.6) より ( ) RHF F = h + J K (3.7) ε = r h r dr + r J r dr r K r dr =, occ =, occ ( ) = h + J K, =, occ (3.8) また 全電子エネルギー E は クーロン 交換積分を二重評価しないように注意して ( ε h) (3.9) E = + =, occ [ 演習問題 3-5] 式 (3.9) を導け [ 演習問題 3-6] 電子が異なる軌道を占有する系について クーロン 交換積分を用いて 反平行スピンより平行スピンが低エネルギーとなること ( フント則 ) を説明せよ 4
基底関数の導入 : HF-Roothaan(HFR) 方程式の導出本節では 一電子関数 { } について 具体的 な数学的表現を与える LCAO 近似により 分子軌道 を原子軌道 χ の線形結合として表し HF 方程式に導入する = χ C (3.0) r r, r=, AO r 最初に Fock 演算子 (3.7) を (3.0) により基底関数を用いて表す 一電子演算子は h = h χ C (3.) r r, r=, AO クーロン演算子 (3.4) は ここで密度行列 ( r ) ( r ) J ( r) = dr r =, occ =, r occ r =, occ r, s, t =, AO ( r ) χ ( r ) C, rχr s Cs, = dr χ r C t t, (3.) を導入すると (3.3) Γ = C C = C C rs, s, r, s, r, =, occ =, occ χr r χs r J ( r) = Γr, s dr χt ( r ) Ct, (3.4) =, occ r, s,, AO と表せる 交換演算子についても同様に χr ( r) χt ( r) K ( r) = Γrs, drχs( r ) Ct, (3.5) =, occ r, s,, AO [ 演習問題 3-7] 式 (3.5) について 密度行列 (3.3) を用いて交換演算子を表せ 従って RHF 方程式は基底関数展開を用いて χr ( r) χs ( r) χr ( r) χt ( r ) hχt ( r) Γ, dr χt ( r) χ ( r ) d t + + r C = χ C ε r s s, t t, r=,,, AO r s= AO r r r r t =, AO 左側から原子軌道 χ, AO u r をかけて積分すると + Γ χu ( r) χ ( r ) χ ( r ) χ ( r ) dr dr + χu ( r) χ ( r ) χ ( r ) χ ( r ) dr dr C rs, r t s r s t t, rs, =, AO r r r r = χ χ dr C ε, AO χuhχt dr u t t, (3.6) (3.7) 5
ここで 各積分について h = χ h χ dr (3.8) ut, u t ur ts = χ ( r ) χ ( r ) χ ( r ) χ ( r ) dr dr (3.9) u r t s r r ur st = χ ( r ) χ ( r ) χ ( r ) χ ( r ) dr dr (3.30) u r s t r r S = χχdr (3.3) ut, u t のような表記を導入すると 式 (3.7) は h + Γ ur ts ur st C = S C ε (, occ ut, rs, t, ut, t,,,, AO r s= AO, AO 或いは ベクトル表記すると FC = SCε { } ut, ut,, rs, =, AO = ) (3.3) F = h + Γrs ur ts ur st (3.33) となる LCAO 展開を用いた HF 方程式は C. C. J. Roothaan により始めら HFR 方程式と呼ばれている 式 (3.3) は特に閉殻電子構造 ( 各空間軌道に電子が 個ずつ占有する電子構造 ) における HFR 方程式である HFR Self-Consstent-Feld(HFR-SCF) 方程式の解法 式 (3.33) に基づいて分子軌道を計算する方法について概略を説明する 式 (3.33) は固有方程式であり これを解くと固有値 固有ベクトルとしてそれぞれ ε C を計算できる ところが Fock 行列 F は電子密度行列 Γ = C C (3.34) rs, s, r, =, occ 即ち 分子軌道係数 C に依存する 従って 計算された C を用いて密度行列を再計算し 変化が無いかを確認する必要がある 仮に変化があれば 新たな密度行列を用いて Fock 行列要素を再計算し 再定義した固有方程式を解き C をアップデートし 密度行列を再計算する このような繰り返し計算を実行し 密度行列について辻褄が合う (self-consstent) まで計算する つまり 辻褄があうクーロン場 (self-consstent feld) を用いた HFR 方程式 (HFR-SCF 方程式 ) を解くことになる この方法は 現在の分子軌道計算プログラムにおいて標準的に用いられている S 行列の計算 C の初期値 Γ の計算 F 行列の計算 FC=SCεを解く Γの計算 Γ について収束したか? (SCF になっているか?) YES 計算終了! 分子軌道 軌道エネルギーの出力プロパティーの計算 O 図 7. HFR-SCF 方程式の計算プログラムにおけるフローチャート 6