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(2) 牛群として利活用 MUNを利用することで 牛群全体の飼料設計を検討することができます ( 図 2) 上述したようにMUN は 乳蛋白質率と大きな関係があるため 一般に乳蛋白質率とあわせて利用します ただし MUNは地域の粗飼料基盤によって大きく変化します 例えば グラスサイレージとトウモコシ

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解説 新しい牛群検定成績表について ( その 26) ボディコンディションスコアの判定 電子計算センター次長相原光夫 牛群検定におけるボディコンディションスコア (BCS) は 平成 23 年度から開始した最も新しい検定項目です その活用法は 牛群検定の 4 つの機能 (1 飼養 ( 健康 ) 管理

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核内受容体遺伝子の分子生物学

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糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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1カップ 74gあたり エネルギー (kcal) 57 ビタミンE(mg) 14 ブイ クレスゼリーカップタイプりんご水分 (g) 59 ビタミンB1(mg) 2.1 たんぱく質 (g) 0.5 ビタミンB2(mg) 2.1 脂質 (g) 0 ナイアシン (mg) 10.5 炭水化物 (

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2. 馬の栄養 1) エネルギーエネルギーとは 生命を維持し運動する燃料である 炭水化物 脂肪 タンパク質の 3 つがエネルギー源となる ただし タンパク質がエネルギーとして利用されるのは 炭水化物の供給不足のときでありあまり好ましい状態ではない 1 炭水化物すぐにエネルギーとして利用できる 穀類に

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高泌乳牛の周産期病の発生要因と栄養管理によるその予防久米新一 ( 京都大学大学院農学研究科 ) 1. はじめに乳牛の周産期病は従来から日常的に発生している疾病であるが, 高泌乳牛では分娩前後にケトーシス, 脂肪肝, 乳熱などの周産期病が多発するため, 高泌乳牛の飼養管理では周産期病の予防が重要なテーマとなっている 特に, 高泌乳牛が周産期病にかかると治療に要する経費やその後の乳量低下だけでなく, 最悪の場合には淘汰が必要になり, 酪農家にとっては経済的損失が非常に大きくなる そこで, 高泌乳牛では栄養管理の改善による周産期病の予防が必要になるが, 高泌乳牛の周産期病にはさまざまな要因が複雑に関与しているため, 単純な栄養不足の改善だけでは周産期病を予防することができない このことは, 高泌乳牛では分娩に伴う急激な体内代謝の変動に対して, 代謝機能などをすぐに適応することが難しいからである しかし, 高泌乳牛の分娩前後における代謝特性や周産期病の発生要因を正確に把握し, 適切な栄養管理で体内代謝を正常化できると周産期病の予防が可能になり, 酪農家にとっては多大な収益の増加が期待できる 筆者は高泌乳牛の生産性向上のために移行期 ( 分娩 3 週間前から分娩 3 週間後の期間 ) の栄養管理が重要なことを本誌で報告している 1-3) が, 本報ではそのとりまとめとして高泌乳牛の周産期病の発生要因と栄養管理による周産期病の予防について紹介したい なお, 移行期の栄養管理と周産期病の予防の関 1-5) 係については既報も参照していただきたい 2. 高泌乳牛の周産期病の発生要因高泌乳牛の周産期病の発生には栄養管理の不備による影響が大きいが, 周産期病の予防では高泌乳牛の代謝特性を正確に認識することが欠かせない また, 高泌乳牛が移行期を円滑に乗り越えると, その後の乾物摂取量と乳量の順調な増加が期待できる ( 図 1) 1) 高泌乳牛の移行期の代謝特性と周産期病高泌乳牛では移行期のさまざまな代謝特性が周産期病の発生に影響するが, なかでも以下の項目が重要である 特に, これらの体内代謝の急激な変動は高泌乳牛にとってリスク要因となる (1) 分娩は高泌乳牛にとって多大な生理的ストレスであり, 分娩時には難産などによる事故が発生しやすい それに加えて, 高泌乳牛では分娩前数日間は胎児の成長でルーメンの圧迫が強くなること, 代謝機能 内分泌機能の変動が急激になることなどにより, 分娩直前に乾物摂取量が減少するだけでなく, 分娩直後の乾物摂取量の増加が阻害される (2) 分娩前後の乳牛は生理機能 内分泌機能の急激な変動に伴って, 免疫機能が低下する 特に, 分娩前の血中エストロゲンの急上昇は乾物摂取量の減少や免疫機能の低下をもたらし, 分娩前後の免疫機能の低下は病原菌の体内侵入を容易にして, 乳房炎などの疾病増加につながっている (3) 乳腺で生成される栄養豊富な初乳は病原菌などの有害微生物にとっても魅力的な栄養源であること ( 図 2), 泌乳開始に伴って乳頭口から有害微生物が乳腺に侵入しやすくなることなど, 分娩前後の乳牛は乳房炎発生のリスクが高まる (4) 高泌乳牛では分娩直後の乳量の急増に伴って栄養素が乳中に多量分泌されるが, 乳中への分泌量の多い栄養素ほど, 周産期病の発生要因になる ( 図 2と図 3) 特に, 出生直後の子牛ではカルシウムとリンの要求量が多いため, 初乳中にはカルシウムとリンが常乳の2 倍以上含まれているが, 初乳中へのカルシウムとリンの急激な分泌が乳熱発生要因になる 1

(5) 高泌乳牛では育種改良の進展により分娩直後の乳量増加が顕著であるのに対して, エネルギー不足による体重減少が非常に大きく, このことが周産期病の増加や受胎率低下を招いている ( 図 1) 特に, 分娩後 3 週間は乳量の急激な増加に対して乾物摂取量の増加が追いつかないため, 体内に蓄積している養分を泌乳のために利用せざるをえなくなり, 高泌乳牛ではこの時期にエネルギーだけでなく, タンパク質とミネラル蓄積量が極度に減少する (6) 分娩後のエネルギー不足の改善のために, 給与飼料は分娩前の粗飼料多給から分娩後には濃厚飼料多給に変更することになるが, 急激な飼料構成の変更はルーメン機能を著しく阻害する 2) 高泌乳牛の栄養管理と周産期病移行期の栄養管理に不備があると周産期病の発生に結びつくが,Goff(2006 年 ) 6) は周産期病と栄養管理の興味深い関連性を示している ( 図 4) この図では, 周産期病としてケトーシス, 脂肪肝, 乳熱, 第四胃変位, ルーメンアシドーシス, 蹄病 ( 跛行 ), 乳房炎, 胎盤停滞, 子宮炎をあげているが, 栄養管理との関係は以下の通りである (1) 高泌乳牛では分娩後 3 週間は体内に蓄積しているエネルギーとタンパク質を乳生産に利用せざるをえないが, エネルギー不足により血漿中遊離脂肪酸濃度が急上昇し, 血漿グルコース濃度が低下するとケトーシス, 脂肪肝の発生につながる また興味深いことは, 乳熱, 第四胃変位など, ほとんどの周産期病の発生が乾物摂取量の減少につながり, ケトーシス, 脂肪肝の発生を加速させることである (2) 飼料中のカリウム含量の増加によるカチオン アニオンバランス (DCAD) の上昇, 低マグネシウム含量の飼料給与などによって乳牛が低 Ca 血症や筋収縮の異常を生じると, 乳熱の発生だけでなく, 第四胃変位, 乳房炎などの発生要因になる (3) 飼料中の有効繊維が不足すると, 乳牛のルーメン機能が減退し, 第四胃変位, ルーメンアシドーシス, 蹄病の発生要因になる (4) 微量ミネラルと脂溶性ビタミンは初乳中に多量分泌される ( 図 3) が, ビタミン, 微量ミネラル, 抗酸化物質の不足が乳牛の免疫能を低下させ, 乳房炎, 胎盤停滞, 子宮炎の発生要因になる また, 免疫能の低下には負のエネルギー タンパク質バランスや低 Ca 血症など, 栄養管理の不備が影響している 図 4だけでは周産期病の発生要因を完全には説明できないが, 周産期病の発生における栄養管理の問題点を要領よくとらえている点では非常に興味深いものがある 特に, さまざまな周産期病が密接に関連し, 栄養管理の不備が周産期病の発生に多大な影響を及ぼしていることがよく理解できる それでは周産期病を予防するために, このなかで何が重要であろうか ここで, 飼料中の有効繊維, ビタミン, 微量ミネラルなどは飼料設計を工夫すれば比較的容易に充足できるため, 筆者は負のエネルギー タンパク質バランスと低 Ca 血症を防ぐことが重要と考えている また負のエネルギー タンパク質バランスと低 Ca 血症の改善には, 高泌乳牛の代謝特性を十分に認識し, 従来よりも緻密な栄養管理を行うことが求められる さらに, 乳熱は一連の周産期病の初期段階で発生するため, 乳熱予防によって他の周産期病の予防が期待できる点も重要である 3. 高泌乳牛の周産期病の予防動物は常に変動する外界からの情報を受け取り, それに適切に対応しながら, 体内の恒常性を常に一定の範囲内に維持している また, 体内代謝などの変化に対しては神経系 内分泌系 免疫系などの機能を適応させて体内の変化を最小限にするしくみがある 高泌乳牛でも移行期のエネルギー タンパク質 ミネラル ビタミン代謝を適切に維持するしくみが備わっているため, 高泌乳牛の周産期病の予防 2

では乳牛が本来保持しているこれらのしくみを活用することが重要である 1) 高泌乳牛のエネルギー代謝の改善高泌乳牛の周産期病の予防では, 移行期のエネルギー代謝を改善し, ケトーシスと脂肪肝の予防を図ることが最も重要である 高泌乳牛は飼料のエネルギー利用効率が高いなど, 体内代謝の改善が進んでいるものの, 分娩直後の体脂肪の大量動員により血中遊離脂肪酸が急増して脂肪酸代謝障害が生じると, 体内にアセト酢酸などのケトン体が増加し, 痙攣, 麻痺などの脳 神経障害によるケトーシスを発症する また, 肝臓に大量に動員された脂肪を処理できなくなると大量のケトン体の生成による肝機能の減退を起こし, 脂肪肝を発症する このことは, 分娩直後の乳量の急増に対するエネルギーの供給不足の影響が大きいが, 他の周産期病の発生も乳牛の乾物摂取量を減少させてケトーシス, 脂肪肝の発生を加速させる また, 米国ではケトーシス, 脂肪肝の発生は 1980 年代には分娩 2~4 週後に多発したものの, 現在の高泌乳牛では分娩 10 日頃までに多発していると報告している 6) が, このことは現在の高泌乳牛では分娩直後のエネルギー代謝の改善が非常に重要なことを意味している 高泌乳牛ではエネルギー不足により分娩後に血漿グルコース濃度が低下するが, 一方で乳中の乳糖が少ないと浸透圧の影響によって乳腺への水の移行が減少し, 乳量が減少するため, 高泌乳牛では乳腺における乳糖の合成を促進させることが泌乳前期の乳量増加につながる 特に, 乳中の乳糖含量は乳期を通して変動が少ないものの, 泌乳前期には 4.6% 前後のやや高い値を維持していることから, 高泌乳牛では高乳量を維持するために分娩直後から血漿グルコース濃度の低下を防ぐことが必要になる 3) しかし, ここで注意しなければならないことは, 高泌乳牛のエネルギー源は主に酢酸であり, グルコースはルーメンで生産されたプロピオン酸を肝臓で糖新生によって生成していることである 移行期にデンプン摂取量が減少してプロピオン酸の生産が少なくなると, 高泌乳牛は筋肉などのアミノ酸を利用してグルコースを生成する このことは, 体内代謝への悪影響が大きくなるだけでなく, 脂肪肝などで肝機能が衰えると糖新生が不十分になって乳量の減少を加速させる 高泌乳牛の栄養管理では分娩後のエネルギー摂取量を早期に充足させることが大切であるが, 図 5の乳牛では分娩後 1 週間の体重減少は 3.4~5.6kg/ 日であったものの, 分娩直後から乾物摂取量が順調に増加している その結果, 乳牛の血漿遊離脂肪酸濃度が分娩直後に急増し, 血漿グルコース濃度も分娩後に減少したものの, 乾物摂取量の増加に伴って分娩 2 週間後には回復傾向を示している なお, この試験では分娩直後に乳量が急激に増加し, 分娩 6 日後には約 40kg/ 日に達したが, 繁殖成績は良好で, また周産期病も発生しなかった したがって, 高泌乳牛では分娩直後には体脂肪を利用してエネルギーを補給し, 体内のアミノ酸などから糖新生でグルコースを産生しているものの, 乾物摂取量を早期に増加できると分娩 2 週間後にはエネルギー不足も緩和し, 健康状態を適切に維持できると考えられる また, 自給粗飼料のなかではデンプンの多いトウモロコシサイレージがエネルギーの補給に適しているが, 酪農家段階では各農家の実情にあわせて飼料設計を改善し, エネルギーを初めとして, 各栄養素の要求量を早期に充足させることが移行期の栄養管理で求められる 2) 高泌乳牛のカルシウム代謝の改善高泌乳牛の乳熱発生には加齢, 栄養管理の不備など, さまざまな要因が影響しているが, 乳熱予防のポイントは分娩前後のカルシウム代謝を正常に維持することである しかし, この簡単にみえることが実は非常に難しいため, 現在でも最適な乳熱予防法が見いだされていない 乳牛は泌乳開始に伴って初乳中へのカルシウム損失量が増加すると, 血漿中のカルシウム濃度の急激な低下を防ぐために, 副甲状腺ホルモン産生量を高める 副甲状腺ホルモンの主な働きは骨の破骨細胞を活性化して骨から血液へのカルシウムの移行 ( 骨吸収 ) を高めることと, 肝臓, 腎臓でビタミン Dを水酸化して活性型ビタミン D 産生量を高めることである 腎臓で活性型ビタミン D 産生量が高まると小腸からのカルシウム吸収量が 3

増加し, 骨吸収量とカルシウム吸収量の増加で乳牛は血漿カルシウム濃度を正常範囲内に維持して, 乳熱発生を防止する 上述したことが高泌乳牛の分娩前後における乳熱予防のしくみであるが, 一方で分娩直後にはほとんどの乳牛で血漿カルシウムと無機リン濃度が低下することも高泌乳牛のカルシウム代謝の大きな特徴である ここで, カリウム摂取量の増加,DCADの上昇などの乳熱発生要因が加わると, 高泌乳牛では血漿カルシウム濃度がさらに低下し, 乳熱が発生する 特に,(1) わが国では土壌中への糞尿の大量還元などによって牧草中のカリウム含量が 3% 以上になることも多く 泌乳牛のカリウム要求量 (0.80%) をはるかに超え, カリウム過剰摂取になりやすいこと,(2) カリウムは消化管で溶解 吸収されやすく, 乳牛体内に過剰に吸収されたカリウムは血液をアルカリ化し ( 代謝性アルカローシス ), 消化管あるいは乳牛体内でカルシウムやマグネシウムの吸収や利用を阻害することなどが明らかにされ, 乳熱発生要因としてカリウム過剰摂取がクローズアップされている またカルシウム低減による乳熱予防法が考慮されなくなったことは, 高泌乳牛では分娩前の乾物摂取量が増加したため, 分娩前のカルシウム低減がほとんど不可能になったことが一因としてあげられる したがって 乳熱予防のための栄養管理ではカリウム摂取量の低減を図ることが非常に重要といえる 一方, 高泌乳牛には血漿カルシウム濃度の低下を最小限に抑えて, その後の回復を促す機能を備えているため, 乳熱予防ではその機能を高める栄養管理が重要になる 図 5では分娩直後に乳牛の血漿カルシウムと無機リン濃度が低下したものの, 分娩直後に副甲状腺ホルモンと活性型ビタミン Dが急上昇し, 分娩 6 日後には血漿カルシウムと無機リン濃度がほぼ正常範囲内に回復している ( 詳細は文献 2を参照 ) このことは, 飼料中のカリウム含量の低減, 分娩前後における乾物摂取量の増加などによって高泌乳牛のカルシウム代謝を早期に活性化できると, 乳熱の予防が可能なことを示している 3) 高泌乳牛の免疫機能の改善高泌乳牛では分娩前後に免疫機能が低下するが, 栄養管理や衛生管理の不備などによって免疫機能がさらに低下すると, 乳房炎などの疾病が多発する ( 図 4) 一方, 子牛には妊娠中に胎盤を介して免疫グロブリンなどの免疫成分が移行しないため, 子牛は分娩直後に初乳から大量の免疫成分を摂取することが欠かせない そのため, 母牛は分娩前後に多量の免疫成分を乳腺で生成するが, 乳腺で生成される免疫グロブリンなどの免疫成分は子牛の疾病予防に重要なだけでなく, 母牛の乳腺を細菌感染から保護する役割がある 7) したがって, 初乳中に免疫グロブリンなどの免疫成分が多いことは, 子牛の疾病予防だけでなく, 乳房炎の予防にも貢献している 高泌乳牛では分娩前後に栄養摂取量を充足し, 健康を維持することが免疫機能の改善につながるが, なかでもエネルギー不足を改善することが最も重要である また, 高泌乳牛では乳腺における免疫機能を高めることが必要であるが, 図 2の初乳中タンパク質と同様に初乳中の免疫グロブリン含量は分娩直後に高いものの, 個体間の変動が非常に大きいことも特徴としてあげられる このことは, 栄養管理の不備によって乳腺における免疫成分の生成が減少しやすいことを示唆しているため, 分娩前後には栄養管理の改善などで乳腺における免疫成分の生成を高めることが重要といえる 一方, 乳腺に病原菌が感染すると自然免疫が初めに働き, 好中球やマクロファージが遊走して病原菌を貪食するが, その際にサイトカインや活性酸素を放出して周囲の細胞を活性化させるとともに, 炎症反応を促進する 活性酸素は病原菌の殺菌に多大な貢献をするものの, 過剰な活性酸素の産生は乳腺細胞の損傷につながるため, 脂溶性ビタミンなどを利用して乳腺細胞を保護することも必要である 4) 抗酸化作用による改善高泌乳牛は高水準の乳生産を維持するために体内で活発なエネルギー代謝や物質代謝を行っている 4

が, その際に大量の酸素を必要とする 酸素は乳牛の生存や生産のために不可欠であるが, 体内で酸素を利用した際に生成する活性酸素 ( スーパーオキシド, 過酸化水素など ) は細胞の遺伝子, 生体膜などを損傷するため, 活性酸素による細胞機能の障害作用が注目されている 前述したように活性酸素には殺菌作用などのメリットがあるものの, エネルギー代謝の活発な高泌乳牛では体内で大量に生成される活性酸素が健康を阻害し, 繁殖成績の低下や乳房炎などの疾病増加をもたらす危険性が高い そこで, 活性酸素の有害作用を消去するために抗酸化作用を有する栄養素への関心が高まっている なかでも, 微量ミネラルはスーパーオキシドジスムターゼ ( 亜鉛 銅 マンガン含有酵素 ), グルタチオンパーオキシターゼ ( セレン含有酵素 ), カタラーゼ ( 鉄含有酵素 ) など, 抗酸化作用のある酵素の構成成分として, またβ ーカロテン, ビタミン A, ビタミン Eなどの脂溶性ビタミンには生体膜の脂質酸化を防止する抗酸化作用があり, 高泌乳牛の健康保持に必須の働きをしている また,(1) 移行期には微量ミネラルと脂溶性ビタミンが初乳中に多量分泌されること ( 図 3), (2) 微量ミネラルと脂溶性ビタミンの効果が最も発揮できるのは移行期と考えられることなどから, 移行期には微量ミネラルと脂溶性ビタミンの栄養管理を適切に維持することが欠かせない しかし, わが国の飼料中の微量ミネラル含量では粗飼料中の亜鉛, 銅およびセレン含量が乳牛の要求量よりも低いことや, 分娩前後には血漿中の微量ミネラルや脂溶性ビタミン濃度が低下しやすいことから, 移行期には乳牛の疾病防止や繁殖成績の向上のために微量ミネラルや脂溶性ビタミンを適切に補給することが重要である 3) 特に,(1) 脂溶性ビタミンは良質粗飼料に多量含有されているものの, 品質が低下 ( 調製時の降雨や刈り遅れなど ) すると脂溶性ビタミンが破壊され, ビタミン源としての価値が著しく低下すること,(2) 図 6のコーンサイレージ給与牛では血漿と初乳中の β ーカロテン濃度が極端に低下しているように, 粗飼料からの脂溶性ビタミンの供給が少ないと高泌乳牛は移行期に脂溶性ビタミンが極度に不足することに注意しなければならない 4. 初産牛と経産牛の栄養管理と周産期病周産期病の発生は初産牛と経産牛では大きく異なるため, 周産期病の予防ではそれらに適した栄養管理を行うことが必要である 特に, 高泌乳牛の最近の特徴としては生産コスト低減のために育成牛の増体率を高めて初産月齢を 21カ月程度にまで早める傾向があげられるが, 一方では平均産次を延ばして生涯生産性の向上をめざすことも求められている しかし, 牛群検定成績では初産月齢は 25.6カ月齢であり, また平均産次も 2.7 産と低いため, わが国では初産月齢 24カ月, 分娩間隔 13カ月を目標にした栄養管理を行うことが求められ, 周産期病の予防は生涯生産性の向上に多大な貢献をする 表 1には分娩前後の血液成分の産次による相違を示したが, エネルギー代謝と関連する血漿グルコースとインスリン濃度が4 産以上の牛で低く, 逆に遊離脂肪酸濃度が高くなり, 老齢牛ではケトーシス, 脂肪肝が発生しやすい状況になっている このことは,4 産以上の乳牛では乳量が分娩 2 日後に30kgに達するなど, 分娩直後の乳量が多いことも一因であるが, むしろ分娩前後におけるエネルギー代謝の適応の遅れによる影響が大きいと考えられる それに対して, 初産牛では血漿グルコースとインスリン濃度が高いことから, 初産牛ではエネルギー代謝の異常はほとんど生じないと考えられる また初産牛では分娩時に難産などによる事故が発生しやすいものの, 表 1の初産牛では分娩時の体重が 600kg を超え, 分娩時の事故はほとんど認められなかった しかし, 初産牛の子牛の生時体重が 43kgと大型化しているため, 初産牛では分娩前にエネルギーを充足して, エネルギー不足による分娩時の事故を予防することが必要といえる 表 1では乳牛の分娩直後の血漿カルシウムと無機リン濃度は加齢とともに低下し,3 産以上の牛では乳熱発生の危険性が高まっている また血漿副甲状腺ホルモンは 4 産以上の老齢牛で高い値を示したが, 5

カルシウム代謝を制御する副甲状腺ホルモンの上昇はカルシウム濃度の急激な低下を阻止し, 乳熱予防を図っていることを意味している しかし, 加齢とともに骨などの働きが弱まるため,3 産以上の牛では副甲状腺ホルモンの分泌量が多くても血漿カルシウム濃度の低下を十分に防げなくなり, 乳熱発生のリスクが高まる 一方, 表 1では初産月齢が 25.5 カ月で初産から 2 産あるいは 3 産までの分娩間隔が 12.7 カ月および 23.6 カ月となっているように, 試験場の成績ではあるものの栄養管理を適正に保てば高泌乳牛でも 1 年 1 産が可能といえる このことは, 高泌乳牛を飼養している一部の酪農家で非常に良好な繁殖成績を達成している例があるように, 栄養管理などを適正に維持できれば高泌乳牛でも1 年 1 産が可能になると考えられる これらの結果から, 高泌乳牛の周産期病の発生要因としては加齢の影響が大きく, 特に3 産以上の経産牛では分娩直後の乳量が急増するだけでなく, 体内代謝の変動にすぐに適応できないことが周産期病の増加につながっている このことから, 経産牛では分娩後の養分要求量を早期に充足させ, 乳量増加とともに移行期の疾病予防に焦点をおいた栄養管理が求められる 特に, 加齢とともにケトーシス, 脂肪肝, 乳熱発生の危険性が高まるため, 経産牛ではエネルギー摂取量を適正に保つとともに, カルシウムとリン代謝を活性化させる飼養管理が重要といえる それに対して, 初産牛では体内代謝の変動には早期に対応できるため, 分娩時の難産などによる事故を防ぐことと, 分娩後には乳量増加だけでなく, 成長のための増体を高めて繁殖成績を向上させることが必要である したがって, 初産牛ではエネルギーの充足を早期に高める栄養管理法が最も重要である 5. 高泌乳牛の移行期における飼料設計と水管理高泌乳牛の移行期における栄養管理では分娩後の乾物摂取量を早期に高めることが最も大切であるが, このことは周産期病の予防, 免疫機能の改善などにもつながる また, 分娩後の乾物摂取量の早期増加のために, 最近は分娩前の乾物摂取量を高める傾向が強く, なかには 15kg/ 日程度給与する事例もみられる しかし, 図 5の乳牛の分娩前の乾物摂取量は 10~11kg/ 日程度であったものの, 分娩後の乾物摂取量は順調に増加していることから, 分娩前の適切な乾物摂取量の設定は今後の課題と考えられる 高泌乳牛が高乳量を維持するとともに, 繁殖成績を向上し, 疾病を予防するための飼料設計のポイントは, 分娩後の乾物摂取量を早期に高めることと, エネルギー, タンパク質, ミネラル, ビタミン栄養の改善を同時に図ることが基本になる また, 移行期には (1) 分娩後の乾物摂取量を早期に高めて, エネルギーや栄養素の充足を早めるための精密な栄養管理が必要なだけでなく,(2) 乳牛の健康を維持し, 分娩前後の代謝障害 繁殖障害を減らすための適切な栄養管理 ( イオンバランス, 抗酸化作用など ) も求められる 移行期の飼料給与では,(1) 飼料から栄養素を過不足なく摂取できること,(2) ルーメン環境の適正な維持とルーメン絨毛の早期発達のために一定量の繊維とデンプンが摂取できること,(3) 分娩後の乾物摂取量の早期増加が可能なことのために,TMR で給与することが最も望ましい 具体的には, 移行期には良質粗飼料を活用すること, 移行期を通してほぼ同じ粗飼料構成にすること, 分娩前 3 週間の濃厚飼料の給与比率を 3 割程度にすることなどが求められる なお, 図 5の乳牛では分娩前の飼料成分 ( 乾物当たり ) は CP 含量が 14.1~16.0% と NDF 含量が 40.6~46.6%, また分娩後は CP 含量が 16.0~16.5% と NDF 含量が 31.0~32.4% であったが, 分娩前の CP 含量はやや高めに設定している さらに, 分娩に伴って劇的に変化するのは乾物摂取量よりも飲水量であり, 乳量が 30kg の泌乳牛では約 80kg/ 日の水を飲料水として摂取しなければならないため, 移行期の飼養管理では安全な水を安定供給することが非常に重要である 特に, 移行期の乳牛が水を十分に摂取できないと体内に蓄積したカリ 6

ウムを尿中に排泄できなくなり, 代謝性アルカローシスになって乳熱発生を促進する 2) ため, 移行期の 乳牛では水を適正摂取できる飼養環境の整備がきわめて重要といえる 6. おわりに高泌乳牛の移行期における栄養管理では, 乾物摂取量の増加や周産期病の予防のために良質粗飼料を確保することが非常に重要なことを最後に強調しておきたい また, 高泌乳牛の生産性向上に伴ってわが国でも移行期の栄養管理に関する研究成果が数多く発表され, 酪農家段階で周産期病の予防とともに 乳量増加 繁殖成績向上を同時に達成することが可能になっている したがって, 今後はできるだけ有益な情報を酪農家に提供し, 酪農家段階で周産期病の予防を図ることが急務といえる 参考文献 1) 久米新一ら : 自給粗飼料を活用した環境保全 節水型高泌乳牛飼養, 畜産の研究,64(11),1063-1073 (2010) 2) 久米新一ら : 高泌乳牛の移行期の特徴と移行期におけるミネラル代謝の改善, 畜産の研究, 65(8), 793-803 (2011) 3) 久米新一 : 高泌乳牛の代謝特性と暑熱ストレスの影響, 畜産の研究, 65(9),881-891(2011) 4) 久米新一 : ミネラル ビタミン, 乳牛栄養学の基礎と応用, 81-106, デーリィジャパン社, 東京 (2010) 5) 久米新一 : 乳牛の抵抗力とビタミンの関係とは, デーリィジャパン,2011(9), 38-40(2011) 6) Goff JP ら : J. Dairy Sci., 89, 1292-1301 (2006) 7) Stelwagen K ら : J. Anim. Sci., 87(Suppl.1), 3-9 (2009) 7

図 1 乳牛の移行期における乾物摂取量, 体重と乳量の変動 (n=17) 図 2 乳牛の初乳中タンパク質, 脂肪, 乳糖とミネラル成分の変動 (n=23) 8

図 3 乳牛の初乳中微量ミネラルとビタミン含量 (n=23) 分娩前後の DMI 減少 ビタミン 微量ミネラル 抗酸化物質の不足 高 DCAD 低 Mg 飼料 負のエネルギー タンハ ク質バランス NEFA 増加 免疫能低下 低 Ca 血症筋収縮減退 跛行 ルーメンアシドーシス ケトーシス 脂肪肝 乳房炎 胎盤停滞 子宮炎 乳熱 第四胃変位 飼料中有効繊維の不足 図 4 乳牛の周産期病の発生要因 (Goff,2006) 9

図 5 アルファルファ主体給与牛 ( :n=4) とアルファルファ + コーン給与牛 ( :n=4) の分娩前後の乾物摂取量, 乳量と 血液成分 ( 粗濃比は分娩前 (70:30) と分娩後 ( アルファルファ区 50:50, アルファルファ + コーン区 60:40) とした ) 10

図 6 グラスサイレージ主体給与牛 ( ) とコーンサイレージ主体給与牛 ( ) の初乳と血漿中 β カ ロテンとビタミン A 濃度 表 1 乳牛の分娩直後の血液成分 初産 2 産 3 産 4 産以上 頭数 27 14 8 14 月齢 25.5 38.2 49.1 76.0 体重, kg 602 c 648 b 666 b 762 a 子牛体重,kg 43.3 b 47.2 a 47.9 a 47.7 a 血漿成分ク ルコース,mg/dl 92 a 78 b 86 ab 81 b NEFA,mEq/l 0.57 b 0.50 b 0.52 b 0.69 a インスリン,μU/ml 9.2 6.9 5.5 5.7 Ca,mg/dl 8.8 a 8.6 ab 8.1 bc 7.5 c Pi,mg/dl 4.8 a 4.7 a 3.9 b 3.7 b Mg,mg/dl 2.2 2.2 2.2 2.2 ALP,IU/l 219 a 152 ab 125 b 102 b PTH,pg/ml 166 b 425 b 385 b 921 a a,b,c P<0.05 ALP: アルカリフォスファターゼ活性 PTH: 副甲状腺ホルモン 11