変容する境界線 一八世紀ケープ植民地における都市部およびフロンティアの女性の移動 法政大学杉浦未樹 1. 導入 : 南アフリカの変容 拡大 移動してきたフロンティア図 Cillier(2018) 2. 段階的拡大 1650 年 ~1779 年第一段階 (A)1652 年に係留地 定住地第二段階 (B) 周辺耕作地第三段階 (C) ワイナリー地域 (C)~1717 年第四段階 (D) 移動放牧 stock farming 開始第五段階 (E)1770 年以降の東部 北部フロンティア 3. 本発表の目的フロンティア地域 (E) グラーフ ライネットにおける女性の移動の論理都市部とその周辺 (A~C) との比較 4. 研究史ケープ植民地の女性の移動の研究史 極めて限られる遡及できる史料はあるが 体系的整理が男性系列でされてきた フロンティアの移動男性牽引の移動と想定無法 ( アウトロー ) 地域との設定 : 社会的規範外 自由 混沌 : 中央からの統制も援助もない 5. 再考の余地 移動の背景となる 4 点 1. 白人系の流入制限 停滞 (1707 年 ) するなかのフロンティア拡大自然増加する人口をどう解消するか 男性だけの問題ではない 2. 奴隷に頼る社会 東インド会社の流通統制 奴隷が職人や徒弟や市場売りに 店舗禁止 国内流通未発達 男女とも 従事できる職種が限定 3. 子供均分相続 + 本国と異なり夫婦間相続容認相続による財産取得余地は男性と同じくらいある 6 史料とアプローチ 1. 死後財産目録 MOOC TANAP グラーフライネット Graaff Rainet 地区 1805 年 ~1817 年分 260 件 (153 世帯 ) の分析 2. 家系復元 Genealogies of South Africa 3. 税帳簿 Opgaafrollen 男女の財産分析と移動パターン 移動世帯に必要な初期費用推定 男女の分担を 1
7. 都市部 (A)~(C) の女性の財産形成若くして結婚 (17 歳から 20 代初め ) 本国に比べ相当若い家庭をはじめる最低初期費用 ( 財産目録より推定 ) 都市部 (A) 家 (1500-2000)+ 家財 (200~500)+ 奴隷 (1500 数名 )=3200Rd 周辺 (B-C) 家畑 (1000) + 家財 (50)+ 家畜 (1000)+ 奴隷 (1000 数名 )= Step 1 注 : 女性視点元手なし男性再婚に入るケースが多い あるいは最低限の家畜と家財をもち B へ移動元手あり財産あれば若くして結婚不動産一部 現金 資本で貢献 A,B,C いずれの地域でも Step 2 店舗禁止で就労できないが 主婦が家財運営の中心家で売る : 家正面小部屋で 織物 小間物の私的取引 ( 杉浦 2017,2018) 奴隷に道や広場で売らせる 家財だけで 2000Rd 以上へ Step 3 自分名義の不動産 (1500Rd 以上が多い ) を取得する例も珍しくない 特にA 地域夫や親からの相続を契機とすることが多い 8. グラーフ ライネット Graaff Reinet 行政区 1798 年 1825 年 ( 図 ) 同名の村形成 1786 年教会 1792 年成立 行政区 9. グラーフ ライネットへの移動パターン移動 移動後を複数世代にわたって検討 (Graff Reinet 定住 5 家族 5-7 世代 ) Eへ移住する契機 : 男系家庭把握理解の場合パターン1: 第一世代 a が 17 世紀後半移住 1720 までにCに移住 4 家族 第四世代か第五世代で Graaf Reinet で子供が誕生 他親戚は別地域にパターン2: 第一世代が 18 世紀半ばに移住 D-E 地域の複数地居住の記載 (100km 間 最終地が Graaf Reinet E 地域で出生した子供世代 : 女子 男子共に早婚 とくに女子は 13 歳から 17 歳 男子も早く同世代婚男性 ( 親戚多数 ) が婚姻で移動してくるケース多数 A 家兄弟がB 家姉妹と結婚するなど 親のアレンジと思われるケースが多い たいてい不動産を所有せず そのまま Graaff Reinet 区でもより北部 東部へ移動 10. 財産目録の構成 1 誰が誰に残したものか ( 夫 妻 子 妻 夫 子 夫婦共同 ) 2 子供氏名 作成場所 同席登記者 2
3 不動産場所も特定 あれば部屋ごとに記載 4 動産 ( ワゴン 家具 食器 衣類 ) 5 家畜 6 奴隷借金の担保としても 7 貸借金銭 債券 ツケ半分ほどが各品の価額と相殺財産高記載 11. 分析結果 Graaf Reinet の財産目録における特徴女性の死後財産目録が 1.5 倍 256 重複整理 154 男女 男性 53 名女性 101 名特に妻 夫 子に残す分が全体の ( 夫 妻 子 妻 夫 子 夫婦共同 ) 女性が夫と対等かそれ以上に財産をもつケース多い都市部との比較した構成の違い少ない 家 土地 奴隷 食器 衣類多い 幌馬車と家畜 金銭貸借不動産 : 所有者は少数 あっても建造物 (opstal) か賃貸 (huur) ほとんどが幌馬車 (wagon)+ 家具 ( ベッド 寝具 ) のみ家 + 土地 (erf) は登場しない 移動社会の特徴ワゴンと家畜必須 : 幌馬車価額 50~300Rd 部分所有も家畜幌馬車用牡牛最低でも 4 頭 羊 (150~3000) 金銭貸借はほぼ全員女性も家畜取引 信用貸与 債券購入に関与 12. 可視化されるフロンティア女性の財産形成と移動 (1) 低所得の独身男性の財産目録との比較衣類のみ 葬式代 (140RD ほど ) で借金残る男性の場合 徒弟や農業手伝いで一箱程度以下の動産で移動女性はこのような形では移動しない ( 少なくともこのような財産の女性は目録にみえず ) (2) 女性の典型的パターン若くして結婚 ( ローティーンのケースも多い ) 移動牧畜 stock farming 選択最低初期費用を男女で分担しながら確保家畜 ( 羊 150 頭 牛 4 頭 )+ 幌馬車 (50~300) 最低 520Rd 程度を確保 cf ケープ都市部 A~Cの必要経費との比較男女均分相続のため 両親から家畜 動産 ( 現金 債券 ) 受け継ぐ元手に幌馬車を購入 ( 更新必要 ) 家畜取引 13. 結論 (1) 財産目録から推定される 18 世紀後半から 19 世紀初めの夫婦のスタートアップ最低経費概算都市部 (A) 家 (1500)+ 家財 (200~500)+ 奴隷 (1500 数名 )= 3200Rd 周辺 (B,C) 家畑 (800-1000) + 家財 (50) + 家畜 (1000)+ 奴隷 (1000 数名 )=2850Rd フロンティア (E) ワゴン (100)+ 家財 (20)+ 家畜 (400-700)= 520-820 Rd 3
上 2つの六分の一から四分の一の費用不動産不要のため 都市部とフロンティア間の経済的格差を生み出すメカニズムでもある (2) 女性が家庭の動産をかなりの割合で負担女性の持ち分で必要経費がほぼカバーされるケースも珍しくない分担する場合 女性は1 家畜 2ワゴン ( 数年で更新必要 )3 債券 4 奴隷の順で負担 取引頻度が高いものを所有 男性が負担する傾向にあるのは1 建造物 2 家畜 (3) 移動する女性移動の契機となり自らも移動した フロンティア地域で出生した女性 : 結婚で男性をフロンティア地域へ牽引する契機にもしかし それ以外の地域出生の女性も初期費用の安い結婚を生計手段と提示され フロンティア地域へ移動する : 男性に牽引された移動とはいえない いずれにせよ移動牧畜で 結婚後も頻繁に移動 14. 今後の課題数量的実証と確認残りの財産目録 家系図の長期分析 徴税簿と対照 労働力配分との関係をみる本パネルのテーマである 規範 分析まで及ばないしかし フロンティアへの移動メカニズムにおける女性の積極的 恒常的関与 明示 文献目録 Butler, J. (1976)From Frontier to Midlands: A History of the Graaff-Reinet District, 1786 1910. By Kenneth Wyndham Smith. Grahamstown: Institute of Social and Economic Research, Rhodes University Cilliers, J. and Fourie, J. 2014. Die Huwelikspatrone van Europese setlaars aan die Kaap, 1652-1910. New Contree. Vol 69: 45-70 Cilliers,J and Mariotti, M.,2018. The shaping of a settler fertility transition: eighteenth- and nineteenth-century South African demographic history reconsidered, in European Review of Economic History, August 2018, DOI: 10.1093/ereh/hey019 Dooling, W., 2005. The making of a colonial elite: Property, family and landed stability in the Cape Colony, c.1750 1834, Journal of Southern African Studies, 31, pp. 147 62 Elphick, R. and Giliomee, H., The shaping of South African society, 1652-1840 Connecticut, (1989). Fourie, J., 2013. The remarkable wealth of the Dutch Cape Colony: Measurements from eighteenth century probate inventories, The Economic History Review, 66, pp. 419 448. Fourie, J. and Green, E. 2018. Wage Labour and Slavery on the Cape Frontier: The Impact of the Abolition of Slave Imports on Labour Relations in the Graaff-Reinet District. In: Colonialism, Institutional Change, and Shifts in Global Labour Relations. Eds: Hofmeester, K. and De Zwart, P. Amsterdam: Amsterdam University Press, pp. 265-291. Guelke, L., 1988. The anatomy of a colonial settler population: Cape Colony 1657-1750,The International Journal of African Historical Studies, 21, pp. 453-73. Malan, A. 1998-9. Chattles of Colonists? Free Black Women and their Households, Kronos 25, pp.50-71. Sugiura, M. 2018. Selling from Home. Gendered Sphere and Urban Space Formation in the 18 th century Cape Town, Paper presented at ESSHC Belfast. 杉浦未樹 2016 近世ケープタウン女性の家財運用 財産目録とオークション記録の分析 水井万里子 松 井洋子 杉浦未樹 太田淳 伏見隆編 女性から描く世界史 勉誠出版 杉浦未樹 2015 店がないのにモノが溢れる? 十八世紀ケープタウンにおける在宅物品交換と女性 水井万里 子 松井洋子 杉浦未樹編 世界史のなかの女性たち 勉誠出版 2015 年 4
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