日臨外会誌 79( 5 ),967 972,2018 症 例 近傍の線維腺腫により術前化学療法の治療効果を過小評価した乳癌の 1 例 防衛医科大学校外科学講座, 同病態病理学講座 平塚美由起 山﨑民大 永生高広 津田均 上野秀樹 山本順司 症例は43 歳, 女性. 右乳房の硬結を主訴に当科へ紹介受診となった. 右乳癌 (T2N3bM0 Stage ⅢC),Luminal B-likeの診断にて primary systemic therapy(pst) として epirubicin+cyclophosphamide docetaxelを施行した.pst 後に残存した低エコー領域を腫瘍の遺残と捉えycT1N0M0 Stage Iと判断し, 右乳房部分切除術と同側の腋窩郭清を施行した. しかし病理報告では, 腫瘍の遺残とした部分は線維腺腫で, 浸潤癌乳管内癌ともに消失していた. 術後は残存乳房および傍胸骨照射と術後補助内分泌療法を施行し 3 年 8 カ月経過後, 再発徴候は認めていない.PST 後の針生検を行うことでPST 後の治療効果の過小評価を防ぎ, より縮小した手術を提供できた可能性がある. 索引用語 : 線維腺腫, 乳癌, 術前化学療法 はじめに近年, 進行乳癌に対するprimary systemic therapy (PST) は標準治療となっている. 一方で, その効果判定に難渋することもしばしば経験する. 今回われわれは, 進行乳癌に対しPSTを施行後, 腫瘍の遺残ありと判断したが, 術後の病理報告で腫瘍の遺残と想定した部分は線維腺腫 (fibroadenoma:fa) であり, 結局は浸潤癌乳管内癌ともに消失していたpathologi- cal clinical response:pcr(ypt0) であった症例を経験したため報告する. 症例症例 :43 歳, 女性. 主訴 : 右乳房の硬結. 既往歴 :30 代, 痔核手術. 家族歴 : 父方の叔母が50 代で乳癌発症. 現病歴 : 5 年前から主訴を自覚し, 翌年乳房痛を認めたため前医を受診した. 乳癌の疑いで当院当科へ紹介受診となった. 触診所見 : 右乳房のCAE 領域,30 30mm 大の可動性不良な腫瘤を触知した. 同側の腋窩に可動性のある腫大したリンパ節を 4 個以上触知した. 2017 年 11 月 21 日受付 2018 年 2 月 23 日採用 所属施設住所 359-8513 所沢市並木 3-2 血液検査所見 :CEA 1.3ng/ml,NCC-ST-439 2.0 U/ml,CA15-3 11.6U/ml,BCA225 35U/ml と全て基準値以下で, その他は異常所見を認めなかった. マンモグラフィ (MMG): 右乳房 M 領域, 乳頭下に境界明瞭 ~ 一部境界不明瞭な辺縁の38 30mm 大の高濃度腫瘤を認め, 内部に淡く不明瞭な石灰化を集簇性に認めた (Fig.. 超音波 (US): 右乳房頭側領域に不整形な36 33 37mmの低エコー腫瘤を認め, 転移を疑う腫大したリンパ節を同側の腋窩に 4 個以上, 胸骨傍に 1 個認めた (Fig.. 造影 MRI: 右乳房頭側領域に40 34mm 大の造影効果を有する腫瘤を認めた (Fig. 3). PET/CT: 原発巣への強い集積 (SUVmax 13.0) と, 同側の腋窩 胸骨傍リンパ節への集積を認めた. 遠隔転移を疑う集積は認めなかった. 針生検 : 浸潤性乳管癌,estrogen receptor (ER) 陽性,progesterone receptor (PgR) 陽性,HER- 2 Score 1+,Ki-67 陽性細胞率 49.7% であった (Fig. 4). 以上より, 臨床診断は右 CAE 領域乳癌 ct2n3bm0, Stage ⅢC とした.PST は epirubicin (90mg/m 2 )+cyclophosphamide (600mg/m 2 )(EC) および docetaxel (75mg/m 2 )(DTX) を各々 4 サイクル施行した. 治療効果は US で指摘された13mm の低エコー腫瘤 (Fig. 2F) を除き, 他の検査では癌の遺残は指摘できなか 17
968 日本臨床外科学会雑誌 79 巻 Fig. 1 MMG:PST 前 (A:MLO,C:Spot) は境界明瞭 ~ 一部不明瞭な辺縁を持つ 38mm 大の高濃度腫瘤 ( 矢印 ) があり, 内部に淡く不明瞭な集族性の石灰化を認めていたが,PST 後 (B:MLO,D:Spot) はほとんど消失 ( 矢印 ) している. った. 従って, 原発巣は臨床的部分奏効 (clinical partial response:cpr), 腋窩 胸骨傍リンパ節は臨床的完全奏効 (clinical complete response:ccr) と判断し, 臨床診断は yct1n0m0 Stage Iとした. 手術は右乳房部分切除術および腋窩郭清 (level I+II) を施行した. 病理報告では, 腫瘍の遺残とした原発巣の一部の腫瘤は管内型のFAであり, 浸潤癌巣, 非浸潤癌巣いずれの残存もみられなかった. また, リンパ節は腫瘍消失後の瘢痕巣のみで癌の遺残は認めなかった (level I: 0 / 7,level II: 0 / 3 ). 組織学的治療効果はGrade3 で,pCR(ypT0) に相当した (Fig. 5). 術後は残存乳房および傍胸骨に50Gy(2Gy,25Fr) 照射後, 術後補助内分泌療法を継続し, 術後 3 年 8 カ月経過して再発徴候は認めていない. 考察過去の文献において, 乳癌とその近傍に潜在する FAについて臨床的な重要性を指摘した報告はほとんどない. その理由を時代背景から推察すると, 以前は Halsted 手術を代表とする拡大手術が標準術式であったため, 乳癌近傍のFAの有無は手術範囲に影響せず臨床的意義に乏しかった. しかし縮小手術が肯定され, PSTの恩恵により更なる縮小手術が可能になった近 年では, 乳癌の広がり診断およびPSTの治療効果判定が手術の切除範囲や整容性に直結するようになってきた. 特に乳房部分切除においては, 予定された摘出範囲に良性病変の併存がないかを術前に明らかにする重要性が, 今後高まってくるのではないかと考えている. 国内の臨床研究に目を向けると,2013 年 10 月から, PST 後にcCRが得られた症例に針生検を施行し, その結果原発巣切除省略が可能かどうかを探索する臨床試験が進行中である (UMIN000012035). 良好な結果が得られれば,PST 後に原発巣の非切除という選択が生じる可能性を秘めており, 実際に非切除が許容されるようになれば, 術前診断の重要性がさらに増すことは明らかである. しかしながら, 術前に乳癌近傍のFAを癌病変と明確に区別することは容易ではないと推察される. 報告のバイアスはあるものの,Ricciら は,1984 年から 1993 年の間, 病理結果にてFAと診断された症例を後方視的に調査した結果 FAと乳癌を合併した症例で術前に乳癌と診断がついたのは59 例中 19 例 (32.2%) と報告している. また, 症例報告に限ると, FA の近傍に発生した乳癌 (FA 内の乳癌を除く ) について ~15) 1964 年から2017 年の間, 国内外において14 編あり 18
5 号 治療効果を過小評価した線維腺腫近傍乳癌 969 Fig. 2 US:PST 前 (A: 略図,B: 右腋窩リンパ節 ( 矢印 ),C: 原発巣 ( 矢頭 )) は右乳房 CEA 領域に不整形な低エコー腫瘤と同側の腋窩 胸骨傍リンパ節腫大を認めた.PST 後 (D: 略図,E: ほぼ消失した右腋窩リンパ節 ( 矢印 ),F: 残存病変と判断した原発巣 ( 矢頭 )) は原発巣に残存する13mm 大の低エコー腫瘤以外はリンパ節を含めほぼ消失したと考えた. 自験例を含めて合計 18 症例の報告がある (Table. 8) PSTを施行した報告は他に 1 例のみで, 自験例と同様, 術前においてFAの存在は明らかではなかった. FAの経過観察をしていた症例にも関わらず, 術前に乳癌の広がりとFAの区別がつかず術前腫瘍径を過大 5) 評価したとの報告もあった. 自験例のように発症年齢が乳癌好発年齢である場合の FA は, 特に注意を要する.Shabtaiら 16) は,FA 内外に乳癌が存在する割合は5.4%( 8 /147 症例 ) で, その中での40 歳以上の割合は, 8 例の内の 7 例と報告している.Ricci ら は50 歳以上の女性について,FA 内外に乳癌が存在する確率は4.1%(22/532 症例 ) 以上あり,50 歳以上の女性のFAの症例に対しては, 乳癌を否定するために積極的な生検を勧めている. しかし,Sedloev ら 1 が15 歳の少女について詳細に報告しており, 非常に稀ではあるが若年でも乳癌を合併し得る. 以上から, 乳癌近傍にFAが潜在していて,PST 後主病巣が消失し,FAが顕在化するケースは一定の確 率で存在すると思われる.PST 後の腫瘤残存は, 乳癌の遺残と潜在していたFA 等の副病変の 2 つの可能性があり, 自験例でFAの潜在を想定できていれば, 術前に針生検で組織を確認することで, より整容性の高い縮小手術を提供できた可能性がある. 結語線維腺腫の合併によりPST 後の治療効果判定を過小評価した Stage IIIC の乳癌の 1 例を経験した. 乳癌近傍に線維腺腫が潜在している可能性を念頭に置いて診断することが肝要である. また,PST によって ccr が得られた場合に原発巣の非切除という選択肢が今後可能になるのであれば, 潜在するFAの術前診断の臨床的意義は一層高まると考えられる. 本論文の要旨は第 48 回埼玉群馬乳腺研究会 (2017 年 5 月, さいたま市 ) で報告した. 利益相反 : なし 19
970 日本臨床外科学会雑誌 79 巻 Fig. 3 造影 MRI:PST 前 (A:T1 強調画像 / 矢状断 ) は右乳房頭側に40mm 大の造影された腫瘤 ( 矢印 ) を認めたが,PST 後 (B: 同様 ) は造影効果を認めなかった. Fig. 4 針生検の病理像 (A:H.E.,B:ER,C:PgR,D:HER2.B,C,Dは immunoperoxidase 染色, いずれも 200で撮影 ): 組織型は浸潤性乳管癌で intrinsic subtype は ER 陽性, PgR 陽性,HER2 Score 1+ であった. 20
5 号 治療効果を過小評価した線維腺腫近傍乳癌 971 Fig. 5 術後病理像 (A,B: 手術標本とその割面点線で囲んだ部分が瘢痕組織, 実線で囲んだ部分が FA,C~E: ミクロ所見 ;C: 腫瘍消失領域 (H.E. 40),D:FA の弱拡大 (H.E. 12.5), E:FA の強拡大 (H.E. 200)): 遺残と判断した腫瘤は管内型 FA であった. Table 1 FA 近傍に発症した乳癌の報告例 No. 報告者 報告年 年齢 術前診断 癌組織型 PST の有無 1 川井 1964 47 乳癌 Signet-ring Ca なし 2 川井 1964 52 乳癌 ILC なし 3 川井 1964 56 乳癌 DCIS なし 4 川井 1964 40 乳癌 腺癌 なし 5 藤岡ら 3) 1988 62 FA 扁平上皮癌 なし 6 東山ら 4) 1989 36 FA IDC なし 7 秋山ら 5) 1993 45 乳癌 IDC なし 8 内田ら 7) 2002 56 乳癌 + 腫瘤 Paget 病 なし 9 山口ら 6) 2006 64 乳癌 IDC なし 10 荻谷ら 8) 2009 64 乳癌 IDC あり 11 Hashimoto ら 9) 2014 60 乳癌 +FA Paget 病 なし 12 Iwamoto ら 10) 2014 64 乳癌 +FA IDC なし 13 櫻井ら 1 2015 39 乳癌 +FA 粘液癌 なし 14 Sedloev ら 1 2015 15 乳頭腫 +FA DCIS なし 15 Park ら 13) 2015 39 乳癌 +FA IDC なし 16 岡南ら 14) 2016 65 乳癌 +FA IDC なし 17 Travieso ら 15) 2016 60 乳癌 +FA IDC なし 18 自験例 2017 43 乳癌 IDC あり ILC: 浸潤性小葉癌,DCIS: 非浸潤性乳管癌,IDC: 浸潤性乳管癌. 21
972 日本臨床外科学会雑誌 79 巻 文 Ricci A, Kourea HP, Wortyla S, et al : Agestratified incidence of unsuspected mammary carcinoma in women with fibroadenoma. Conn Med 2016 ; 60 : 587-590 川井忠和 : 乳腺線維腺腫の臨床病理学的研究. 癌の臨 1964;10:469-486 3) 藤岡正志, 小林正幸, 高木俊二他 : 陳旧性乳腺線維腺腫に合併した乳腺扁平上皮癌の 1 例. 日臨外医会誌 1988;49:285-290 4) 東山聖彦, 稲治英生, 北田昌之他 : 乳腺線維腺腫の背側に潜んでいた乳癌の 1 例. 日臨外医会誌 1989;50:1343-1347 5) 秋山太, 坂元吾偉, 岩瀬拓士他 : 併存した線維腺腫のため術前病期診断を誤った乳頭線管癌の 1 例. 乳癌の臨 1993; 8 :83-90 6) 山口敏之, 井原頌, 高田学他 : 線維腺腫に隣接, 浸潤して発育した乳癌の 1 例. 日臨外会誌 2006;67:301-305 7) 内田和宏, 五十嵐清美, 武井寛幸他 : 並存した線維腺腫の乳管に癌の進展を認めた Paget 病の 1 例. 埼玉医会誌 2002;37:165-168 8) 荻谷朗子, 堀井理絵, 稲尾瞳子他 : 乳癌内部に粗大石灰化を伴う線維腺腫が存在した 1 例. 乳癌の臨 2009;24:281-285 9)Hashimoto T, Toyono M, Fuyama S, et al : A case of mammary pagetoid carcinoma with a coexisting fibroadenoma. Austin J Surg 2014 ; 1 : 1043-1047 献 10)Iwamoto M, Takei H, Iida S, et al : Contralateral breast cancer adjacent to a fibroadenoma. Report of a case. J Nippon Med Sch 2014 ; 81 : 168-172 1 櫻井健一, 窪田仁美, 鈴木馨斗他 : 線維腺腫近傍に発生し診断に難渋した粘液癌の 1 例. 日大医誌 2015;74:253-256 1Sedloev T, Bassarova A, Angelov K, et al : Combination of juvenile papillomatosis, juvenile fibroadenoma and intraductal carcinoma of the breast in a 15-year-old girl. Anticancer Res 2015 ; 35 : 5027-5029 13)Park CJ, Kim EK, Woo HY, et al : Breast cancer arising adjacent to an involuting fibroadenoma : serial changes in radiologic features. J Breast Cancer 2015 ; 18 : 291-295 14) 岡南裕子, 木村弘子, 林昭伸他 : 線維腺腫へ浸潤していた石灰化を伴う乳癌の 1 例. 乳腺甲状腺超音波医 2016; 5 :44-48 15)Travieso AMD, Munoz P, Rodriguez MR, et al : A case of a concurrent and co-located invasive carcinoma and a fibroadenoma to illustrate the potential of dual-energy, contrast-enhanced digital mammography on the diagnosis of complex breast lesions. Iran J Radiol 2016 ; 13 : e32190 16)Shabtai M, Saavedra MP, Shabtai EL, et al : Fibroadenoma of the breast : analysis of associated pathological entities a different risk marker in different age groups for concurrent breast cancer. Isr Med Assoc J 2001 ; 3 : 813-817 UNDERESTIMATION OF THE THERAPEUTIC EFFECT OF PRIMARY SYSTEMIC THERAPY DUE TO FIBROADENOMA ADJACENT TO BREAST CANCER A CASE REPORT Miyuki HIRATSUKA, Tamio YAMASAKI, Takahiro EINAMA, Hitoshi TSUDA, Hideki UENO and Junji YAMAMOTO Departments of Surgery and Basic Pathology, National Defense Medical College A 43-year-old woman was referred for evaluation of induration of her right breast. Right breast cancer (T2N3bM0, Stage ⅢC, luminal B-like) was diagnosed, and primary systemic therapy (PST) with epirubicin + cyclophosphamide to docetaxel was administered. After PST, residual tumor with a hypoechoic area (yct1n0m0, Stage Ⅰ) was diagnosed. A partial right mastectomy and ipsilateral axillary lymph node dissection were performed. However, the pathology report stated that the area assumed to be residual tumor was a fibroadenoma, and that the invasive ductal carcinoma had disappeared. Postoperatively, the patient underwent irradiation of the residual breast tissue and parasternal area, and she received adjuvant endocrine therapy. There has been no recurrence during follow-up for 3 years 8 months. Needle biopsy after PST may prevent underestimation of the therapeutic effect of PST, thus enabling more minimal surgery. Key words:fibroadenoma,breast cancer,primary systemic therapy 22