福岡大学薬学部薬学疾患管理学教授

Similar documents
BSA(m 2 )= 体重 (kg) 身長 (cm) =1.27m 2 となり 173.6mL/min/1.73m 2 を 1.27m 2 である患者個人の腎機能に換算 ( で補正を外すと ) すると 127.4mL/min になりますが これでも実測 CCr

を用いる必要があります Du Bois の式を用いて体表面積を計算すると 3) BSA(m 2 )= 体重 (kg) 身長 (cm) =1.27m 2 となり 173.6mL/min/1.73m 2 を 1.27m 2 である患者個人の腎機能に換算 ( で補正

Microsoft Word - cjs63B9_ docx

TDM研究 Vol.26 No.2

腎機能を有効かつ安全な薬物療法に活かす

はじめに イヌリンクリアランス (GFR) で用いるイヌリンは生体内で代謝されず タンパクと結合せず 完全に糸球体濾過され 尿細管で全く再吸収も分泌もされないため糸球体濾過量の gold standard になります チオ硫酸 Na や造影剤のイオヘキソールなどでもほぼ GFR に近い値が得られます

H29_第40集_大和証券_研究業績_C本文_p indd

<4D F736F F D E B40945C82F090B382B582AD955D89BF82B782E982BD82DF82CC313082CC935391A58DC C5>

総論 2 腎不全患者に特徴的な薬物動態の変化 薬効 薬物名 商品名 尿中排泄率 (%) 副作用 リバビリン レベトール 50 骨髄抑制, 意識障害 禁忌 アマンタジン シンメトレル 90 不穏, せん妄, 幻視 禁忌 抗ウイルス薬 オセルタミビル タミフル 70( 活性代謝物 99 悪心, 嘔吐,

<4D F736F F D E39208D8190EC C814096F295A889F090CD835C D C A975E90DD8C7695D D815B F B A2E646F6378>

院外処方箋の検査値活用法につ??

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

腎機能を正しく評価するための 10 の鉄則改訂 5 版 熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター 臨床薬理学分野平田純生 標準化 egfr(ml/min/1.73m 2 ) は CKD 重症度分類に使うためのものであり 薬物投与設計には使わない 薬物投与設

egfr(ml/min/1.73 m2 ) が標準体形に補正してある意義は何か? 小柄な体格の方は体格なりの小さな GFR で十分なのに 体表面積未補正値を用いると腎機能を過小評価して分類されてしまうことを防ぐためです かつては日本人の体表面積は 1.49m 2 が用いられていましたが 国際的に 1

第 Ⅰ 部 総論 11 第 Ⅰ 部 総論

スライド タイトルなし

添付文書の薬物動態情報 ~基本となる3つの薬物動態パラメータを理解する~

スライド タイトルなし

スライド タイトルなし

本文1-5.indd

TDMを活用した抗菌薬療法

者における XO 阻害薬の効果に影響すると予測される 以上の議論を背景として 本研究では CKD にともなう FX および尿酸の薬物体内動態 ( PK ) 変化と高尿酸血症病態への影響を統合的に解析できる PK- 薬力学 (PD) モデルを構築し その妥当性を腎機能正常者および CKD 患者で報告さ

<4D F736F F D E39208D8190EC C814096F295A889F090CD835C D C A975E90DD8C7695D FE18A D816A2E646F6378>

ロペラミド塩酸塩カプセル 1mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにロペラミド塩酸塩は 腸管に選択的に作用して 腸管蠕動運動を抑制し また腸管内の水分 電解質の分泌を抑制して吸収を促進することにより下痢症に効果を示す止瀉剤である ロペミン カプセル

シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

資 料 臨床現場におけるクレアチニンとシスタチン C から算 出した推算 GFR の乖離 古川 通山 聡子 1) 薫 1) 河口 勝憲 1) 佐々木 環 2) 1) 川崎医科大学附属病院中央検査部 ) 川崎医科大学附属病院腎臓内科 要 岡崎希美恵 1) 辻岡 貴之 1) 岡山県倉

スライド タイトルなし

腎機能を正確に見積もるコツと理論 ~ 投与設計のすべてがここから始まる ~ 阿蘇の雲海 熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター 臨床薬理分野平田純生

(Microsoft PowerPoint -

第1 総 括 的 事 項

小児におけるCKD活動

(2) 健康成人の血漿中濃度 ( 反復経口投与 ) 9) 健康成人男子にスイニー 200mgを1 日 2 回 ( 朝夕食直前 ) 7 日間反復経口投与したとき 血漿中アナグリプチン濃度は投与 2 日目には定常状態に達した 投与 7 日目における C max 及びAUC 0-72hの累積係数はそれぞれ

1治療 かっていたか, 予想される基礎値よりも 1.5 倍以上の増加があった場合,3 尿量が 6 時間にわたって 0.5 ml/kg 体重 / 時未満に減少した場合のいずれかを満たすと,AKI と診断される. KDIGO 分類の重症度分類は,と類似し 3 ステージに分けられている ( 1). ステー

尿試験紙を用いたアルブミン・クレアチニン検査の有用性

心房細動1章[ ].indd

変更一覧表 変更内容新現備考 Peak 50~60 Trough 4 未満 Peak 20.0~30.0 Trough 8.0 以下 アミカシン 静注投与後 1 時間 Trough 1 未満 Peak 4.0~9.0 Trough 2.0 以下 トブラマイシン 静注投与後

(別紙様式1)

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

2018 年 5 に 総論編 が発出

Microsoft Word - Ⅰ-4.用法用量(2013)

青焼 1章[15-52].indd

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

CKD 平成 25 年度厚生労働科学研究費補助金による難治性疾患克服研究事業の成果として, 小児慢性腎臓病 ( 小児 CKD) 診断時の腎機能評価の手引き が完成したことをこころからお慶び申し上げます.CKD という概念ははじめ欧米からわが国の成人の腎臓学に持ち込まれた概念で, 日本腎臓学会にて深化

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

検査項目情報 P-ANCA Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital 一次サンプル採取マニュアル 免疫学的検査 >> 5G. 自己免疫関連検査 >> 5G552.P-ANCA Ver.7 perinucl

2 CKD 1. 不適当な食事 2. 感染症 : 尿路感染, 肺炎, 敗血症など 3. 急激な循環状態の変動 : 高血圧, 低血圧 4. 水 電解質異常 : 脱水, 溢水, アシドーシス 5. 尿路疾患 : 尿路結石 狭窄 感染 6. 腎毒性薬剤 : 造影剤, 抗生物質,NSAIDs 7. 手術およ

1210 Vol. 128 (2008) は不明である. 蓄尿の適正性を評価せずに CBDCA Table 1. Formula of Creatinine Production and Excretion の投与量を算出することは, 患者への過剰投与による副作用出現, 過少投与による治療効果低下の

2006 年 3 月 3 日放送 抗菌薬の適正使用 市立堺病院薬剤科科長 阿南節子 薬剤師は 抗菌薬投与計画の作成のためにパラメータを熟知すべき 最初の抗菌薬であるペニシリンが 実質的に広く使用されるようになったのは第二次世界大戦後のことです それまで致死的な状況であった黄色ブドウ球菌による感染症に

ピルシカイニド塩酸塩カプセル 50mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにピルジカイニド塩酸塩水和物は Vaughan Williams らの分類のクラスⅠCに属し 心筋の Na チャンネル抑制作用により抗不整脈作用を示す また 消化管から速やかに

CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

PowerPoint プレゼンテーション

P001~017 1-1.indd


国立感染症研究所血液 安全性研究部 HBV-DNA 国内標準品及び HIV-RNA 国内標準品の力価の再評価のための共同研究 1. 背景と目的血液製剤のウイルス安全性の確保対策として実施されている原料血漿と輸血用血液のウイルス核酸増幅試験 (NAT) のための HCV HBV 及び HIV の国内標

Untitled

薬物動態開発の経緯 特性製品概要臨床成績副作用 mgを空腹時に単回経口投与副作用また 日本人及び白人健康成人男性において アピキサバン 薬物動態薬物動態非臨床試験に関する事項非臨床試験に関する事項1. 血中濃度 (1) 単回投与 (CV185013) 11) 日本人健康成人男性

学術委員会学術第 1 小委員会 慢性腎臓病(CKD) 患者への適正な薬物療法に関する調査 研究 ~ 腎機能低下患者への投与に関係する添付文書記載の問題点の調査 ~ 委員長東京薬科大学薬学部医療実務薬学教室竹内裕紀 Hironori TAKEUCHI 委員白鷺病院薬剤科和泉智 Satoshi IZUM

3 病床数 施設 ~19 床 床 床以上 284 (3 施設で未回答 ) 4 放射線専門医数 ( 診断 治療を含む ) 施設 ~5 人 226 6~10 人 人

添付文書がちゃんと読める 薬物動態学 著 山村重雄竹平理恵子城西国際大学薬学部臨床統計学

高齢者におけるサルコペニアの実態について みやぐち医院 宮口信吾 我が国では 高齢化社会が進行し 脳血管疾患 悪性腫瘍の増加ばかりでなく 骨 筋肉を中心とした運動器疾患と加齢との関係が注目されている 要介護になる疾患の原因として 第 1 位は脳卒中 第 2 位は認知症 第 3 位が老衰 第 4 位に

解析センターを知っていただく キャンペーン

デベルザ錠20mg 適正使用のお願い

Cpk=36.5 μg/ml =0.99 meq/l Cav=27.9 μg/ml =0.75 meq/l Ctr=20.7 μg/ml = 0.56 meq/l 4) 躁病治療の有効血中濃度は 0.3~1.2mEq/L であるが この投与量で治療効果が得られるか? Li は 2 分子含まれているの

平成14年度研究報告

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

糖尿病性腎症に合併したネフローゼ症候群の治療

(Microsoft PowerPoint - ASC-WTQ[\223\307\202\335\216\346\202\350\220\352\227p] [\214\335\212\267\203\202\201[\203h])

あった AUCtはで ± ng hr/ml で ± ng hr/ml であった 2. バイオアベイラビリティの比較およびの薬物動態パラメータにおける分散分析の結果を Table 4 に示した また 得られた AUCtおよび Cmaxについてとの対数値

HIGAマウス.xls

2006 PKDFCJ

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

検査項目情報 6475 ヒト TARC 一次サンプル採取マニュアル 5. 免疫学的検査 >> 5J. サイトカイン >> 5J228. ヒトTARC Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital Ver.6 thymus a

腎薬ニュース第 5 号 (2007 年 6 月 ;2012 年 1 月加筆修正 ) 熊本大学薬学部臨床薬理学分野平田純生 添付文書どおり腎機能に基づいた投与量にしても起こるアシクロビル中毒の原因は? 1. アシクロビル中毒の症状は? 慢性腎臓病 (CKD) 患者に頻発するアシクロビル バラシクロビル

平成14年度研究報告

スライド 1

Microsoft Word - 第14回定例会_平田様_final .doc

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

第1回肝炎診療ガイドライン作成委員会議事要旨(案)

Microsoft Word - 日本語要約_4000字_.docx

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

糖尿病経口薬 QOL 研究会研究 1 症例報告書 新規 2 型糖尿病患者に対する経口糖尿病薬クラス別の治療効果と QOL の相関についての臨床試験 施設名医師氏名割付群記入年月日 症例登録番号 / 被験者識別コード / 1/12

Microsoft Word - 茬çfl�宛玺0618第1å‘·_æŠ¥èŒ¬é•£å®łã†¦é•ıç�¥ï¼‹ã…¡ã…‹ã…łã…«ã…�ㅳ;.doc

15 検査 尿検査 画像診断などの腎障害マーカーの異常が3ヶ月以上持続する状態を指すこととしている その病期分類方法は成人と小児では若干異なり 成人では糖尿病性腎障害が多い事からこれによる CKD 患者ではアルブミン尿を用い その他の疾患では蛋白尿を用いてそのリスク分類をしている これに対し小児では

テイカ製薬株式会社 社内資料

スライド 1

H26_大和証券_研究業績_C本文_p indd

Ⅰ. 改訂内容 ( 部変更 ) ペルサンチン 錠 12.5 改 訂 後 改 訂 前 (1) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本剤の作用が増強され, 副作用が発現するおそれがあるので, 併用しないこと ( 過量投与 の項参照) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

オクノベル錠 150 mg オクノベル錠 300 mg オクノベル内用懸濁液 6% 2.1 第 2 部目次 ノーベルファーマ株式会社

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

PowerPoint プレゼンテーション

障害程度等級表 級別じん臓機能障害 1 級 じん臓の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの 2 級 3 級 じん臓の機能の障害により家庭内での日常生活活動が著しく制限されるもの 4 級 じん臓の機能の障害により社会での日常生活活動が著しく制限されるもの

Microsoft Word - FHA_13FD0159_Y.doc

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

Microsoft Word 高尿酸血症痛風の治療ガイドライン第3版主な変更点_最終

<4D F736F F F696E74202D AAE90AC94C5817A835F C581698FE39E8A90E690B6816A2E >

本書の読み方 使い方 ~ 各項目の基本構成 ~ * 本書は主に外来の日常診療で頻用される治療薬を取り上げています ❶ 特徴 01 HMG-CoA 代表的薬剤ピタバスタチン同種同効薬アトルバスタチン, ロスバスタチン HMG-CoA 還元酵素阻害薬は主に高 LDL コレステロール血症の治療目的で使 用

負荷試験 検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 検体ラベル ( 単項目オーダー時 )

Transcription:

研究報告 新規腎機能マーカーのシスタチン C を応用した硫酸アルベカシンの Therapeutic drug monitoring に関する臨床薬学的研究 大塚尚 目的 腎機能の指標には腎糸球体濾過量 (glomerular filtration rate: GFR) が用いられる GFR は一定時間に糸球体を濾過される量であり GFR は ml/min で表される これは言い換えると単位時間当たりに排泄される薬物量を血漿量に換算したものとなる すなわち 1 分間にその量の血漿に含まれる薬剤が完全に除去されることを表す このように腎排泄型の薬剤はそのクリアランスが腎機能に依存するため 腎機能に応じた適切な薬物投与設計には GFR の把握が必要となる 通常 GFR の推定法としては 血清クレアチニン値から算出する Cockcroft and Gault 式が汎用されてきた しかし 血清クレアチニン値は 主に筋組織で産生されるために年齢や性差の影響を受け さらに一部は尿細管分泌を受けるため 高齢者や軽中程度の腎機能障害者に対し腎機能を適切に評価できない問題が挙げられる また Cockcroft and Gault 式は外国人母集団であることや 現在日本で血清クレアチニン値の測定法の主流である酵素法ではなく jaffe 法で血清クレアチニン値が測定されていることなども問題である 近年日本腎臓学会は酵素法を用いて計測された血清クレアチニン値と日本人母集団とを用いて GFR の推定式を報告している (egfr 式 ) この式は非常に優れた式であり 日常診療でも簡便に使用できるが クレアチニン依存の式であり 高齢者で寝 1

たきりの患者などは正確に腎機能を評価することはこの式をもってしても難しい 一方で 近年腎機能の指標として内因性腎機能マーカーであるシスタチン C の評価法が開発され 2005 年 10 月より新しく保険適応が認められた シスタチン C は クレアチニンとは異なり血液中からの排出が完全に糸球体濾過に依存するため 糖尿病性腎症や高血圧性腎症などの早期腎機能障害の優れた診断マーカーとして臨床でもその有用性が証明されている 血清クレアチニン値は 濃度が GFR < 40 ml/min/1.73m 2 程度まで低下しないと上昇しないのに対して 血清シスタチン C 濃度は GFR が 70 ml/min/1.73m 2 程度まで低下すると上昇するため 早期の腎機能マーカーとして有用であることが報告されている また 近年のメタ解析により シスタチン C はクレアチニンと比較して腎機能の指標として優れていることが証明されている シスタチン C は 122 のアミノ酸からなる 13kDa の低分子蛋白で cysteine protease inhibitor のひとつである 全身の有核細胞に発現しており house-keeping gene をコードしているため 炎症などの細胞外の影響を受けにくく 年齢によらず産生量も一定である また 細胞外に分泌されたシスタチン C は血中の蛋白と結合せず free 体として存在しており 糸球体で濾過される 濾過後はほとんどが近位尿細管で再吸収され アミノ酸に分解されるため 血中には戻らない このため シスタチン C の血中濃度は GFR に依存している したがって シスタチンCはクレアチニンと比較して性差や年齢の影響を受けにくい 今後は さらに TDM や薬物投与設計の領域においてもその応用とエビデンスの構築が望まれている 事実 近年になりシスタチン C の投与設計への適応の 2

エビデンスが蓄積されてきている 最近種々の研究において 血清シスタチン C 値から GFR を推定し ジゴキシン トポテカン カルボプラチン アミカシン バンコマイシンなどの薬剤の投与設計における臨床上の有効性の報告も成されている 一方で 尿細管分泌を受ける薬剤ではクレアチニンの方が予測精度が高いとの報告もあり 尿細管分泌の影響が大きい薬剤ではシスタチン C の有用性は明確になってない 治療効果と安全性のさらなる向上を望むには 投与前段階から薬物投与設計を行う初回投与設計が必要となり またその精度向上が重要となる 初回投与法の推定方法としては 様々なノモグラムや population mean 法が応用され 同じ抗 MRSA 薬である塩酸バンコマイシン (VCM) では簡便なノモグラムの報告も多い 一方 硫酸アルベカシンではこれまでノモグラムの報告はなく 1-compartment model 解析手法である Sawchuk-Zaske 法を用い その解析結果による経験的投与設計が行われてきたが population dynamics 理論が一般的になるにつれ population mean 法が広く用いられるようになった しかし VCM 初回投与法の血中濃度の予測精度を評価した報告がいくつかなされているが population mean 法を用いた硫酸アルベカシン初回投与設計の予測精度に関する報告はほとんどみられない さらにこれまでシスタチン C を腎排泄型薬剤の硫酸アルベカシンの初回投与設計に応用した報告はない また血清シスタチン C 値による GFR 推定式は複数報告がある そこで 本研究では 新規腎機能マーカーのシスタチン C による GFR 推算式を応用したアルベカシン初回投与設計に関する臨床薬学的研究を行った 方法 結果 3

糖尿性腎症や高血圧性腎症などの早期腎機能障害に対して優れた新規診断マーカーであるシスタチン C に注目し この新規腎機能評価物質を糸球体濾過率 (GFR) の指標として硫酸アルベカシン動態解析に組み込み 至適初回投与設計法の確立を検討した 対象患者は松山市民病院および愛媛大学医学部附属病院にて MRSA 感染症で硫酸アルベカシンが投与され TDM が施行された患者 95 名とした 血清検体は 定常状態到達後と推定される投与開始から 3 日以上経過した後に peak 値 ( Cmax) と trough 値の 2 ポイントで採血し 血清 ABK 濃度と血清シスタチン C 値を測定した そして血清クレアチニン値 (Cockcroft-Gault equation) と血清シスタチン C 値から推定された GFR に基づいた population mean 法を用い 血清アルベカシン濃度の予測精度を評価した 血清シスタチン C 値からの GFR 推定には Hoek Grubb s および Sjöström 式を用いた なお population mean 法による予測の偏りおよび正確性は Sheiner らの方法を用いて mean prediction error (ME) the mean absolute error (MAE) そして the root mean squared prediction error (RMSE) を計算することで評価した ME MAE および RMSE がより小さければ 偏りが小さく より正確な結果を示す ME MAE および RMSE の各 95% C.I. が 0 を含まない場合は予測性能に有意差があると判定した Σ n i=1 Σ n ME = 1/n ( 予測値 計算値 ) MAE = 1/n 予測値 計算値 i=1 Σ n i=1 RMSE = [1/n ( 予測値 計算値 ) 2 ] 1/2 4

Cockcroft and Gault 式 : クレアチニンクリアランス (CLcr, ml/min) = (140 - 年齢 (years)) 体重 (kg) / ( 72 [ 血清クレアチニン ] (mg/dl) ) (0.85) [ 女性 ] Hoek 式 : GFR (ml/min/1.73m 2 ) = -4.32 + 80.35 / [ 血清シスタチン C] (mg/l) Sjöström 式 : GFR (ml/min/1.73m 2 ) =124 / [ 血清シスタチン C] (mg/l) 22.3 Grubb 式 : GFR (ml/min/1.73m 2 ) = 86.49 [ 血清シスタチン C] -1.686 (mg/l) (0.948) [ 女性 ] GFR 値は ml/min/1.73m 2 で表記されているため Dubois-Dubois 式により算出 した BSA により補正した Dubois-Dubois 式 : BSA (m 2 ) = 0.007184 身長 (cm) 0.725 体重 (kg) 0.425 Hoek Grubb 及び Sjöström 式を用いて初回投与設計を行った場合の血中アルベカシン濃度の予測性を比較検討した結果 GFR の推定にシスタチン C を用いた場合には いずれの推定式においてもクレアチニンと比較して peak 値ならびに trough 値において血中 ABK 濃度の予測性 (ME MAE) が向上したが Sjöström 式のみが有意差を持って予測精度が向上していた (ΔMAE) (Figures1,2 & Table1) 5

predicted concentration (µg/ml) 25 20 15 10 5 0 0 5 10 15 20 25 25 20 15 10 5 0 0 5 10 15 20 25 bayes calculated concentration(µg/ml) creatinine (Cockcroft & Gault equation ) cystatin C (Sjöström equation) FIGURE 1. Correlation between the calculated and predicted arbekacin peak blood concentrations using the estimated GFR based on the creatinine and cystatin C concentrations. The GFR values were estimated based on the serum creatinine (Cockcroft-Gault equation) and cystatin C (Sjöström equation) concentrations (n=95). Closed circles: creatinine, y = 0.63x + 2.92 (r2=0.53, P<0.0001), Open circle: 6

predicted concentration (µg/ml) 10 8 6 4 2 0 0 2 4 6 8 10 10 8 6 4 2 0 0 2 4 6 8 10 bayes calculated concentration(µg/ml) creatinine (Cockcroft & Gault equation ) cystatin C, Sjöström equation : y = 0.63x + 3.22 (r2=0.56, P<0.0001). cystatin C (Sjöström equation) FIGURE 2. Correlation between the calculated and predicted arbekacin trough blood concentrations using the estimated GFR based on the creatinine and cystatin C concentrations. The GFR values were estimated based on the serum creatinine (Cockcroft-Gault equation) and cystatin C (Sjöström, Hoek and Grubb equation) concentrations (n=95). Closed circles: creatinine, y=0.72x + 0.38 (r2=0.64, P<0.0001), Open circle: cystatin C, Sjöström equation : y=0.88x + 0.25 (r2=0.89, P<0.0001). 7

TABLE 1. The bias and accurate of prediction and predictability the peak and trough blood concentrations of arbekacin based on the estimated GFR using the creatinine and cystatin C concentrations. equation ME MAE RMSE Δ ME Δ MAE Sjöström equation using cystatin C -0.95 1.78 2.65 (-1.45, -0.45) (1.38, 2.18) (1.89, 3.41) -0.25 0.21 (-0.40, -0.10) (0.09, 0.32) peak Cockroft & Gault equation using creatinine -1.20 1.98 2.86 (-1.72, -0.67) (1.57, 2.40) (2.05, 3.67) - - Sjöström equation using cystatin C 0.05 0.27 0.42 (-0.04, 0.13) (0.21, 0.34) (0.28, 0.57) -0.13 0.14 (-0.24, -0.03) (0.05, 0.24) trough Cockroft & Gault equation using creatinine -0.08 0.42 0.72 (-0.23, 0.06) (0.30, 0.53) (0.46, 0.97) - - The GFR values were estimated based on the serum creatinine (Cockcroft-Gault equation) and cystatin C (Sjöström equation) concentrations (n=95). ME:mean prediction error, MAE: mean absolute error, RMSE: root mean squared prediction error, 95% C.I.: 95% confidence interval. ΔME:ME of creatinine - ME of cystatin C, ΔMAE: MAE of creatinine - MAE of cystatin C. 8

続いて 3 つの患者群 ( 通常 ~ 軽度腎障害 (GFR > 70 ml/min) 中程度腎障害(30 GFR 70 ml/min) 重度腎障害(GFR < 30 ml/min)) に分けての検討を行った その結果 各群における血清アルベカシン濃度の予測性能の比較結果は peak trough 濃度ともに中程度腎障害においてクレアチニンでは予測値が負に傾いていたが (ME) シスタチン C ではその傾きが有意に改善された (ΔMA) また 予測の正確性の指標となる ΔMAE も有意に小さい値を示しており シスタチン C を用いることで予測精度が有意に向上した しかしながら 通常 ~ 軽度と重度腎障害患者群においては予測の正確性の有意な向上は認められなかった ( Table2,3) 9

TABLE 2. The relative predictive efficacy of the arbekacin peak blood concentrations based on the estimated GFR using the creatinine and cystatin C concentrations. ME MAE RMSE Cystatin C -0.17 (-0.98, 0.65) 0.95 (0.31, 1.58) 1.51 (0.33, 2.68) -0.66 1.13 1.55 GFR<30 Creatinine (-1.43, 0.10) (0.55, 1.71) (0.34, 2.76) (n=14) Δ ME Δ MAE difference -0.50 0.18 (-0.68, -0.31) (-0.10, 0.46) 30 GFR 70 (n=41) 70<GFR (n=50) Cystatin C Creatinine difference Cystatin C Creatinine difference -1.05 (-1.79, -0.31) -1.38 (-2.21, -0.56) Δ ME -0.33 (-0.63, -0.03) -1.12 (-1.98, -0.25) -1.20 (-2.09, -0.31) Δ ME -0.08 (-0.23, 0.08) 1.84 (1.26, 2.41) 2.15 (1.51, 2.80) Δ MAE 0.31 (0.10, 0.52) 2.01 (1.32, 2.70) 2.11 (1.41, 2.81) Δ MAE 0.11 (-0.02, 0.23) ME:mean prediction error, MAE: mean absolute error, RMSE: root mean squared prediction error, 95% C.I.: 95% confidence interval. ΔME: ME of creatinine - ME of cystatin C, ΔMAE: MAE of creatinine - MAE of cystatin C. 2.61 (1.52, 3.71) 2.99 (1.76, 4.23) 2.98 (1.69, 4.27) 3.07 (1.74, 4.40) 10

TABLE 3. The relative predictive efficacy of the arbekacin trough blood concentrations based on the estimated GFR using the creatinine and cystatin C concentrations. GFR<30 (n=14) 30 GFR 70 (n=41) 70<GFR (n=50) Cystatin C Creatinine difference Cystatin C Creatinine difference Cystatin C Creatinine difference ME MAE RMSE 0.18 (0.02, 0.35) -0.09 (-0.25, 0.07) Δ ME -0.29 (-0.45, -0.14) 0.02 (-0.15, 0.18) -0.21 (-0.50, 0.09) Δ ME -0.22 (-0.44, -0.01) 0.03 (-0.06, 0.13) 0.04 (-0.10, 0.19) Δ ME 0.01 (-0.08, 0.10) 0.23 (0.08, 0.38) 0.22 (0.09, 0.34) Δ MAE -0.01 (-0.22, 0.19) 0.34 (0.22, 0.47) 0.61 (0.37, 0.84) Δ MAE 0.26 (0.07, 0.46) 0.22 (0.15, 0.28) 0.29 (0.17, 0.40) Δ MAE 0.07 (-0.02, 0.16) ME:mean prediction error, MAE: mean absolute error, RMSE: root mean squared prediction error, 95% C.I.: 95% confidence interval. ΔME: ME of creatinine - ME of cystatin C, ΔMAE: MAE of creatinine - MAE of cystatin C. 0.36 (0.08, 0.63) 0.31 (0.10, 0.53) 0.53 (0.27, 0.80) 0.97 (0.50, 1.45) 0.30 (0.18, 0.42) 0.47 (0.25, 0.68) 11

考察 硫酸アルベカシンは濃度依存的に殺菌作用を示し 副作用である腎障害は能動的な尿細管上皮細胞への取り込みの機序によるため 臨床において硫酸アルベカシンを適切に使用するためには TDM を用いて患者個々の治療を実践することが必要となる さらに 治療効果と安全性を高めるには 投与前段階から薬物投与設計を行う初回投与設計の精度向上が重要となる また 硫酸アルベカシンは分布容積が約 20% と水溶性が高く 腎排泄型の薬剤であることから 適切な投与設計を行う上で高齢患者や軽度腎機能障害患者の腎機能の正確な評価が重要となる そこでそれらの患者群において 非常に感度が優れた GFR マーカーであることが示されているシスタチン C の ABK 初回投与設計への応用を検討した シスタチン C の血清アルベカシン濃度の予測精度 (ΔMAE) は peak trough 値ともに優れている傾向にあったが 唯一シスタチン C を用いた GFR 推定式の中でも Sjöström 式のみが有意差を持って peak trough 値ともに予測精度が優れていた 更に 通常 ~ 軽度 (GFR > 70 ml/min) 中程度(30 GFR 70 ml/min) および重度腎障害患者 (GFR < 30 ml/min) 群間において血清アルベカシン濃度の予測可能性を比較した結果 血清シスタチン C 値に基づいた予測の偏り (ME) は 中程度および重度腎障害患者において 血清クレアチニン値の予測よりも特に小さいことが示された 加えて血清シスタチン C 値を用いた予測の正確性 (MAE) は 中程度腎障害患者において 血清クレアチニン値を用いたものよりも特に優れていた これは シスタチン C がクレアチニンと比較し 中程度腎障害患者において硫酸アルベカシンの初回投与設計のより精度の高い指標となることを示している 12

結論 以上の研究の結果より 今回我々はシスタチン C を用いたアルベカシン初回投与設計法の有用性を立証した また我々は 同じ抗 MRSA 薬であり腎排泄型薬剤でもあるバンコマイシンの投与設計においてもシスタチン C の有用性を立証しており 今後は他の種々の腎排泄型薬剤の薬剤投与設計に臨床応用展開することでより薬剤の適正使用に寄与できるものと思われる 追記 CKD 診療ガイド 2012( 日本腎臓学会編 ) において日本人母集団を用いたシスタチン C による GFR 推算式が報告された 男性 :egfr cys (ml/min/1.73m 2 )=(104 Cys-C -1.019 年齢 ( 歳 0.996 ) )-8 女性 :egfr cys (ml/min/1.73m 2 )=(104 Cys-C -1.019 年齢 ( 歳 0.996 ) 0.929)-8 18 歳以上 国際的な標準物質に基づく測定値を用いる 今後日本人母集団を用いたシスタチン C による GFR 推算式を用いて TDM や薬物投与設計の領域への応用とエビデンスの構築が望まれる 13