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: (a) ( ) A (b) B ( ) A B 11.: (a) x,y (b) r,θ (c) A (x) V A B (x + dx) ( ) ( 11.(a)) dv dt = 0 (11.6) r= θ =

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基礎から学ぶ光物性第 8 回物質と光の相互作用 (3-1) 第 1 部 : 光スペクトルを量子論で考える 東京農工大学特任教授 佐藤勝昭

第 8 回のはじめに これまでは 光学現象を古典力学の運動方程式で説明してきました この場合 束縛電子系の光学現象は古典的な振動子モデルで扱っていました しかし それでは 光吸収スペクトルの選択則などが説明できません また 半導体や金属のバンド間遷移も扱うことができません 物質の光学現象をきちんと扱うには 電子系を量子論によって記述することが必要なのです

第 8 回の構成 第 8 回は 部構成になっています 第 1 部では 原子 分子の光吸収から出発して 光吸収が電子遷移によっておきること 電気双極子遷移の選択則は 量子的な遷移行列を考慮することによって説明できることを述べます 第 部では 固体のバンド間遷移による吸収の量子的な取り扱いについて述べます 特に 半導体の反射スペクトル 吸収スペクトルについて詳しく述べます

第 8 回第 1 部光スペクトルを量子論で考える 第 1 部光スペクトルを量子論で考える 1. 原子のスペクトル. 分子のスペクトル 3. 電気分極と光吸収の量子論 4. 誘電率の量子論 5. 光学遷移の選択則 6. 電子分極の量子論イメージ 7. 分子軌道と光学遷移付録 : 時間を含む摂動 第 部バンド電子系の光学現象 1. バンド電子系の光学遷移. バンド間遷移の選択則 3. 半導体のバンドギャップ直接遷移と間接遷移 4. 誘電率とバンドギャップ 5. 半導体の反射スペクトル 6. Van Hove 特異点

1. 原子のスペクトル 原子から出る光を分光器で調べてみると それぞれ 一定の波長をもった輝線スペクトルが得られます これを 原子スペクトル といいます JST 理科ネット http://rikanet.st.go.p/contents/cp3/part/chap/page_4.html

水素の原子スペクトル 1885 年 スイスの高校教師であった J.J. Balmer は 水素原子の可視部のスペクトルの波長 λ[m] について綿密に研究し 下式のようなきれいな規則性があることを発見しました 当時の原子模型 (Rutherford 模型 ) ではこのようなとびとびのスペクトルを説明できませんでした これを説明するために N. Bohr 模型を提唱しました JST 理科ネット http://rikanet.st.go.p/contents/cp3/part/chap/page_5.html

ボーア模型と光スペクトル 1913 年 N. Bohr は 次のように考えました 1. 水素原子の中の電子は いくつかのとびとびのエネルギー E1, E, En, の状態だけが許される これを 定常状態 という. 原子からの光の出入りは 異なる定常状態 Em, En の間を電子が移動するときにのみ起こる その光の振動数 ν は h ν= Em-En で表される この考えの中には エネルギーがとびとびになる エネルギーの量子化 という 新しい概念が含まれており Bohr の前期量子論と呼ばれています En hν 水素のボーア模型 Em JST 理科ネット http://rikanet.st.go.p/contents/cp3/part/chap/page_7.html

水素の原子スペクトル ボーアの新しい理論によって バルマーの時代にはまったくわからなかったスペクトル線の原因は 定常状態間の電子の移動に基づくことが明らかになりました ボーアはさらに n = 4 や n = 5 のエネルギー準位に落ちる系列も予言しました これらは間もなく ブラケット系列 (19) フント系列 (194) として発見されました JST 理科ネット http://rikanet.st.go.p/contents/cp3/part/chap/page_8.html

原子の発光 炎色反応 Li Na K Cu Ca Sr 原子は高温に熱せられると 熱励起により励起状態になった原子が基底状態に戻るときに特有の色の発光をする性質があります これを 炎色反応 と呼びます この現象を用いた分析法が 原子発光分析 (Atomic emission spectrometry, flame emission spectrometry) です 炎の中で熱励起された分子の発光スペクトルを観測して元素分析を行います JST 理科ネット http://rikanet.st.go.p/contents/cp3/part/chap/page_.html

原子吸光スペクトル これまでは原子の励起状態から基底状態への緩和の際にでる発光を分析に用いる原子発光分析を紹介しましたが フレーム中の元素の吸収を見るために ホロカソードランプから原子内遷移に共鳴する特定の光を入れて透過率を測る原子吸光分析 (Atomic absorption spectrometry:aa) もよく使われています kuchem.kyoto-u.ac.p/hikari/kumazaki/lectures/bunnseki_fy18_1.pdf

. 分子のスペクトル (1) 有機分子の吸収 食品に使われる色素の色は 色素が吸収する光の補色です たとえば食品色素の食用赤色 1 号は図のように 45-55nm( 青 - 緑 ) の光を吸収するため補色が透過して赤く見えます 一方 食用青色 11 号は 56-65nm( 黄 - 赤 ) を吸収するので補色が青く見えます 光吸収によって分子軌道の基底状態から励起状態への遷移が起きます 吸光度 http://www.an.shimadzu.co.p/suppor t/lib/uvtalk/uvtalk/apl.htm 波長

分子のスペクトル () 有機分子の発光 有機 EL(OLED) では 電流注入によりさまざまな有機分子が発光します 低分子系色素の EL スペクトル 高分子系色素の EL スペクトル 吉野勝美, 大森裕 : フルカラー有機 EL ;http://www.realize-se.co.p/items/bt/15/5/index.html

分子スペクトルの起源 分子の光学現象は 分子を構成する原子から由来する電子の波動関数が重なり合い混じり合って分子軌道を作っていることによって やはりとびとびの準位を作っていることから生じます このことは この講義の最後に触れます 電子が基底状態から励起状態へ飛び移る際に光を吸収します 逆に励起状態から基底状態に戻るときに発光します 発光のメカニズムの詳細は 第 1 回講義で述べます 実際に飛び移らなくてもバーチャルに励起がおきると電子分極が起き 誘電現象の原因になります

分子のスペクトル (3) 生体分子の発光 励起スペクトル 発光スペクトル http://www.gelifesciences.co.p/contact/i maging/pdf/4191.pdf 8 年 Nobel 賞に輝いた下村博士が発見した GFP http://clontech.takarabio.co.p/product/catalog/51_5.shtml?gc lid=cpz8xnqsjgcfq_dbwod4tauq

3. 電気分極と光吸収の量子論 光の伝搬のところで述べたように 電気分極を表す実数の誘電率に 光吸収を表す虚数部を加えた複素誘電率を用いると 吸収も屈折も扱うことができます 物質中の光の吸収や発光を表す誘電率の虚数部は 量子論で考えると 電子の基底状態と励起状態の間の実際の光学遷移にもとづいて生じます 一方 物質の屈折や反射に寄与する誘電率の実数部は 電磁波の電界による電子のバーチャルな励起による電子分極によって生じるのです 従って 量子論によって複素誘電率を扱うことができるのです

4. 誘電率の量子論 + 電界を印加すると E + - 可視光領域の周波数に対する誘電率は 光の電界による摂動を受けて電子雲の分布が変化し分極が起きる過程を表しています 量子論では 摂動論 を使って 電子雲の変化の様子を数学的に導出します まず 電界による摂動を受けたことにより生じた 電子雲の分布の変化 を表す新しい波動関数を 電界が加わらなかったときの古い ( 無摂動系の ) 波動関数で展開します こうして求めた新たな固有関数を用いて 分極 P の期待値を求めるのです 量子力学の 時間を含む摂動論 に基づいて分極の期待値の計算から誘電率を導く手続きはやや煩雑なので 付録に付けておきます

量子論で導いた誘電率の式 比誘電率 ε r は付録の式 (9) となります ε r =1+(Ne /mε )Σf /(ω -ω ) =1+ω b Σf /(ω -ω ) (9) 右辺第 式の ω b は ω b =Nq /mε です また f は基底状態 > と励起状態 > の間の電気双極子遷移の振動子強度で f =(mω / ) x (8) です x =< x > は > と > の間の遷移行列 (9) 式は 前回古典論から導いたのと同じ形式です 複素屈折率は ω を ω+iγ に置き換えることで求められます ε r = 1+ Ne ε ω ω x = 1+ Ne ( ω + iγ ) mε ω ( ω + iγ ) f (1)

+ 5. 電子分極の量子論イメージ 無摂動系の波動関数 電界の摂動を受けた 波動関数電界を印加 χ すると E + - + - = xx ( ω ) Ne ε Ne = ω ε ω1 ω 1 ω + = + + 1 x + ω x ω < x > < x 1> ω x ω 1 ω + > 1> < x > <1 x > 摂動を受けた波動関数 s- 電子的 p- 電子的 無摂動系の固有関数で展開 >

光学遷移の物理的意味 光学遷移は 光の電界の摂動を受けて基底状態の波動関数に励起状態の波動関数が混じってくる様子を表しています 混じりの程度を表す係数は 両状態間の電気双極子遷移の確率に比例し ω -ω の逆数に比例します ここに ω は基底状態と励起状態のエネルギー差です ω=ω のとき共鳴が起き δ 関数的な発散が起きますが 現実には摩擦項の存在のためピークとなります このとき実の過程として遷移が起き エネルギーが消費されます これに対して ω<ω のとき 仮想 ( バーチャルな ) 過程として 基底状態には部分的に励起状態が混じります このプロセスはエネルギーの消費を伴わないのですが 波動関数の形状が変わることによって電気分極を生じます これが誘電率の実数部 したがって光の屈折の原因となるのです

6. 光学遷移の選択則 (1) 光吸収の強さは (1) 式で表されるように振動子強度 f で決められます 基底状態 > と励起状態 > の間の電気双極子遷移の振動子強度は遷移確率 < qx > の絶対値の 乗に比例します 電気双極子の演算子 qx は 空間の反転操作 (x -x) に対し符号を変えます すなわち パリティ ( 偶奇性 ) は奇です 従って もし 状態 > と状態 > が同じパリティをもつならば < qx >= ψ *qxψ dτ の右辺の被積分関数は奇関数となり 積分は となります このような場合を電気双極子禁止遷移といいます

光学遷移の選択則 () 逆に もし 状態 > と状態 > のパリティが異なれば 被積分関数は偶関数となるので 積分は有限の値を持ちます このような場合を電気双極子許容遷移といいます 例えば 原子内の d 軌道 ( 偶パリティ ) から p 軌道 ( 奇パリティ ) への遷移は許容遷移ですが d 軌道から d 軌道への遷移は禁止遷移です 結晶では対称性のために 点群または空間群の既約表現で表され 遷移の許容 禁止は群論の手続きに従って判定されます

8. 分子軌道と光学遷移 (1) 水素分子の分子軌道 エネルギー α の 1s 軌道が つ混成すると結合軌道 Ψ 1 と反結合軌道 Ψ をつくり β のエネルギー差が生じます α β ψ β 反結合軌道 α β α 奇パリティ α+β ψ 1 α, β< 結合軌道 偶パリティ 光学遷移は許容 図 : 齋藤勝裕 分子軌道法 化学同人

分子軌道と光学遷移 () エチレンの C=Cπ 結合の分子軌道 π 電子の分子軌道であるが水素分子と基本的に同じエネルギーレベルになる 光学遷移はパリティ許容である 光 基底状態 π 結合が存在しない 励起状態 α C α β β β 反結合軌道 ψ =(1/ 1/ )(φ 1 - φ ) C α φ:π 電子 α+β ψ 1 結合軌道 ψ 1 =(1/ 1/ )(φ 1 + φ ) α, β< 図 : 齋藤勝裕 分子軌道法 化学同人

分子軌道と光学遷移 (3) C-X 結合 C と他の元素 X が結合した場合反結合軌道は炭素の原子軌道の性質が強く 結合軌道は X 原子の原子軌道の性質が強い α c C α c β α x +β ψ 1 反結合軌道 β ΔE X β 結合軌道 α x φ:σ 電子

分子軌道と光学遷移 (4) C=O 二重結合の分子軌道 酸素の p 軌道の 1 本が非結合軌道になる LUMO HOMO

付録 : 時間を含む摂動論による 誘電率スペクトルの導出

時間を含む摂動 (1) 無摂動系のハミルトニアンを H とし n 番目の固有関数を n> 固有値を E n とすると H n>=e n n> (1) が成り立つ これに対し電気双極子 P=qx が電界からうける摂動のハミルトニアンは次式になります H =-P E(t)=-qx E(t) () ここに E(t)=Ex(e -iωt +e iωt ) とします 摂動を受けたときの波動関数 n'> は n >= >e -ie t/h +Σc (t) >e -ie t/h (3)

時間を含む摂動 () これをシュレーディンガー方程式 i / t n >=[H +H ] n > (4) に代入し 左から < をかけ (1) 式を使うと i c / t=< H' >e i(e -E)t/ =-q< xe >(e i(e -E+ ω)t/ +e i(e -E- ω)t/ ) これを から t まで積分することによって展開係数 c(t) が c (t)=-qx E{(1-e i(e -E+ ω)t/ )/(E -E + ω) +(1-e i(e -E- ω)t/ )/(E -E - ω)} (5) のように得られました ここに -qx =-q< x > は > と > の間の電気双極子遷移の行列です

時間を含む摂動 (3) これを用いて 状態 n'> における分極 P の期待値を求めると <P>=<n' P n'> =Σ(qx c*(t)e iω t +qx c (t)e -i ω t ) =[Σ(q x / ){1/(ω - ω)+1/(ω + ω)}]e (6) のように表されます ここに ω =(E -E )/ です 従って 誘電率の実数部は εr'=1+<p>/ε E =1+Σ(q x / ) ω /(ω - ω ) (7) となり 前節の (16) 式に示したローレンツ型の分散となっていることが導かれました

時間を含む摂動 (4) この式を古典的な式と対応させるために f =(mω / ) x (8) で定義される振動子強度 f を導入すると ε r は簡単になって ε r '=1+(Ne /mε )Σf /(ω -ω ) =1+ω b Σf /(ω -ω ) (9) となります ここに ω b =Nq /mε です ここで クラマースクローニヒの関係をつかうと 虚数部は ε r =ω b Σf (π/ω){δ(ω-ω )+δ(ω+ω )} (1) となります

複素誘電率の式 虚数部は δ 関数を含み 線スペクトルになりますが これは各準位の寿命が の場合です 実際には有限の寿命をもつので (9) と (1) を一つにした式は ( ) + + = = = = b r r f nc nc n c c 4 " " γ ω ω γ ω ωγ ω ωε ω ε ωκ α (11) となります 吸収係数は次式であたえられます ( ) ( ) + + = + + = r i f m Ne i x Ne 1 1 γ ω ω ε γ ω ω ω ε ε (1)