半経験量子計算法 : Tight-binding( 強結合近似 ) 計算の基礎 1. 基礎 Tight-binding 近似 ( 強結合近似, TB 近似あるいは TB 法などとも呼ばれる ) とは, 電子が強く拘束されており隣り合う軌道へ自由に移動できない, とする近似であり, 自由電子近似とは対極にある. 但し, 軌道間はわずかに重なり合っているので, 全く飛び移れないわけではない. Tight-binding 計算は基本的に原子軌道の線形結合によって波動関数を記述する LCAO 法であり, この意味で tight-binding 法という用語は LCAO 法とほぼ同義として用いられることも多い. しかし, 単に tight-binding 法と言った場合, 実験や第一原理などによって求めたパラメータを用いて簡単にハミルトニアンを計算する半経験的手法を指すことが通常であり, また, セルフコンシステント計算も行われないことが多い. ただ,Ab initio tight-binding 法などと呼ばれる計算法も存在する. これは第一原理 LCAO 法の一種であると言うことができる. 原子 iのα 原子軌道をφ iα (r r i ) (= iα とも書く ) で表すと, 系の波動関数 Ψ n は Ψ n = c iα n φ iα (r r i ) i,α となる ( 基底系を {iα } と略記することもある ). ここで,nは電子の状態のナンバリングである. これを Schrödinger 方程式 HΨ n = E n Ψ n (2) に代入して解けばよいのであるが, まず簡単な例として 2 原子分子 ( 原子 A と原子 B) の 1s 軌道のみを扱う場合を考える. このとき波動関数は Ψ(r) = C A φ A,1s (r r A ) + C B φ B,1s (r r B ) (3) であるから, 式 (2) より φ A,1s (r r A )(H E)(C A φ A,1s (r r A ) + C B φ B,1s (r r B ))dr = 0 (4) (1) (H AA E)C A + (H AB ES AB )C B = 0 (5) 同様にして (H AB ES AB )C A + (H BB E)C B = 0 (6) ここで, H AA φ A,1s (r r A )Hφ A,1s (r r A )dr (7) H BB φ B,1s (r r B )Hφ B,1s (r r B )dr (8) 1
H AB φ A,1s (r r A )Hφ B,1s (r r B )dr (9) S AB φ A,1s (r r A )φ B,1s (r r B )dr (10) とした (S AA = S BB = 1). なお,H ij は共鳴積分 (resonance integra),s ij は重なり行列 (overap integra) と呼ばれる. 一般には, H iαjβ φ iα (r r i )Hφ jβ (r r j )dr (11) S iαjβ φ iα (r r i )φ jβ (r r j )dr (12) なるハミルトニアン行列および重なり行列による一般化固有値問題 HC = ESC (13) の一般化固有値問題を解けば固有エネルギーと波動関数ベクトルが求まる. 2. エネルギーと力系の全エネルギー E tot は, バンドエネルギー E TB と反発エネルギー E rep の和 E tot = E TB + E rep (14) で与えられる. バンドエネルギーは占有状態のエネルギー固有値の総和, すなわち occ E TB = 2 E n (15) である. 反発エネルギーは様々な関数形が提案されているが,pairwise function のような簡単な形で表されることが多い. 原子に働く力は, 全エネルギーの変位に対する微分から得られ, n F i = E tot = F i TB + F i rep (16) ここで r i 原子 i の座標ベクトルである. 反発項 F i rep は与えられた E rep の関数を解析的に微分す ればよく, 簡単である. バンドエネルギーによる寄与 F i TB は, 式 (13) より F i TB = E TB H および S はエルミート行列であるので も成り立つ. 式 (19) を r i で微分して occ = 2 E n n (17) (H E n S)C n = 0 (18) C n (H E n S) = 0 (19) 2
左から C n を掛け, 式 (19) を用いると これより, [ (H E n S)] C n + (H E n S) C n = 0 (20) C n [ (H E n S)] C n = 0 (21) E n C n ( H r = i E n S ) C n C n SC n (22) を得る. すなわち, ハミルトニアン行列および重なり行列の変位に対する微分を計算して おけば, 原子に働く力が容易に得られる. 3. 具体的な表式計算を簡単にするため, 軌道が直交基底系をなすと仮定して, 重なり行列 Sを単位行列と見なすことが良く行われる (orthogona tight-binding 法 ). この場合, 固有値問題 HC = ECを解くことになる. 重なり行列をきちんと計算する方法は,non-orthogona tight-binding (NTB) 法と呼ばれ区別される. ハミルトニアンは, 原子 iからのポテンシャルをv i とすると H = 1 2 2 + V = 1 2 2 + V i (r r i ) と書けるので, ハミルトニアン行列要素は, i (23) H iαjβ = φ iα (r r i )Hφ jβ (r r j )dr = φ iα (r r i ) { 1 2 2 + V (r r )} φ jβ (r r j )dr = φ iα (r r i ) { 1 2 2 + V i (r r i ) + V j (r r j )} φ jβ (r r j )dr (24) + φ iα (r r i ) { 1 2 2 + V (r r )} φ jβ (r r j )dr i,j 最終項は三中心積分 (three-center integra) と呼ばれるが, これは conventiona な tight-binding 計算では通常無視される ( 二中心近似 ; two-center approximation). 二中心積分は,Sater と Koster により与えられており表に整理されている Sater-Koster 表 (Phys. Rev. 94 (1954), 14984) を用いることにより, 二原子間の方向余弦と二中心パラメータ (V ssσ など ) に分解される. 例えば,V mは二中心パラメータと呼ばれ ( ( ) = 0は s 軌道,1,2 はそれぞれ p, d 軌道を表す ), 二原子間の軸についての ( 特定の対称性を有する ) 二中心積分で 3
ある.V は二原子間の距離のみの関数となり, 様々な関数形が提案されている. なお,V m = ( 1) +1 V m が成り立つ. Tight-binding パラメータの例例えば沢田らは以下のような関数形を提案している (Vacuum 41 (1990), 612, Phys. Rev. B 49 (1994), 17102). E rep = 1 2 φ(r ij) (25) i,j i ν φ(r ij ) = A ij S(r ij )r ij (26) V m = η ms(r ij )r ν (27) S(r ij ) = {1 + exp[μ(r ij R c )]} 1 (28) r ij は原子 ij 間の距離であり,η, ν, μはパラメータとして与えられる.a ij は A ij = b 0 b 1 (Z i + Z j ) (29) で定義される.Z i は原子 iの有効配位数 (effective coordination number) であり Z i = exp [ λ 1 (r ij R i ) 2 ] j i (30) 1 (31) R i = r ij exp(λ 2 r ij ) [ exp(λ 2 r ij )] j i j i で与えられる.R c, b 0, b 1, λ 1, λ 2 はパラメータとして与えられる. なお, ハミルトニアンの対角項 (on-site 項 )H is,is, H ip,ip もパラメータとして定数で与えられる. 表 1: 沢田らによる tight-binding パラメータ. λ 1 = 1.086A 2, λ 2 = 8.511A 1, b 0 = 300.2715eV A 5, b 1 = 4.8227 ev A 5, H is,is = 3.44 ev, H ip,ip = 0.95 ev. V ssσ V spσ V ppσ V ppπ φ ν 4 3 2 2 5 ν [ev A ν ] -63.9 27.7 13.1-2.94 - μ [A 1 ] 5.96 5.96 2.55 2.55 2.55 R c [A ] 3.17 3.17 3.83 3.83 3.83 4. 周期系での表式結晶やスーパーセルのような周期系での表式を考える. 基本格子内の原子 iの位置ベクトルをr i, 格子の基本並進ベクトルをR とする. は格子を指定する index である. ある 点に対して Boch 和に基底関数を作る. すなわち, 4
ψ iα, (r) = 1 N exp[i (r i + R )] ψ iα (r r i R ) N は周期的に並ぶ格子の数である ( 無限大であるが, 後で消える ). 点ごとに独立にハミル トニアンを組み立て, 固有値問題を解く. 対角項, 非対角項はそれぞれ, (32) H iα,iα = ψ iα, (r)hψ iα, (r)dr = exp[i R ] ψ iα, (r r i )Hψ iα, (r r i R )dr H iα,jβ = ψ iα, (r)hψ jβ, (r)dr (33) (34) = exp[i (r j + R r i )] ψ iα, (r r i )Hψ jβ, (r r j R )dr は, 実際には近接セルまでを取り, 遠方のセルからの寄与は無視する. 演習問題 1. 式 (32) が Boch の定理を満たすことを示せ. 2. 式 (33), (34) を導け 3. シリコン理想結晶について 第一近接原子からの寄与のみを取り入れた tight-binding ハミルトニアンを組み立てよ ( 解答 ) 1. 格子ベクトル R m の並進に対して, ψ iα, (r + R m ) = 1 = exp[i R m ] 1 N exp[i (t i + R )] φ iα (r + R m t i R ) R N exp[i (t i + R R )] φ iα (r t i R + R m ) = exp[i R m ] ψ iα, (r) (35) 2. 略 3. シリコンはダイヤモンド構造をとる. 単位胞内に二原子を含み, それらの位置ベクトルはt 1 = [0,0,0], t 2 = a 0 /4[1,1,1] である. 格子ベクトルR は fcc 構造と同じで, 基本並進ベクトルa 1 = a 0 /2[0,1,1], a 2 = a 0 /2[1,0,1], a 3 = a 0 /2[1,1,0], を用いてR = n 1 a 1 + n 2 a 2 + n 3 a 3 で与えられる. 逆格子ベクトルは b 1 = 2π{a 2 a 3 }/V, b 2 = 2π{a 3 a 1 }/V, b 3 = 2π{a 1 a 2 }/V ( ただしV = a 1 (a 2 a 3 ) よりG = m 1 b 1 + m 2 b 2 + m 3 b 3 で与えられる (m 1, m 2, m 3, n 1, n 2, n 3 は整数 ). 5
各原子の 3s, 3p x, 3p y, 3p z 軌道を基底にとると, 単位胞が二原子を持つので, 点につき 基底 (Boch 和 ) は計 8 個, ハミルトニアンは 8 8 行列になる. 例えば,t 1 の原子の s 軌道と t 2 の原子のp x 軌道との間の要素 [H] s1x2 は, ここで, [H] s1x2 = exp[i (t 2 + R )]H s1x2 (t 2 + R ) (36) R H AB (r B r A ) φ A (r r A )Hφ B (r r B )dr (37) である. ハミルトニアンの要素を第一近接で打ちきると,t 2 + R のうち残るのは d 1 = a 0 /4[1,1,1], d 2 = a 0 /4[1, 1, 1], d 3 = a 0 /4[ 1,1, 1], d 4 = a 0 /4[ 1, 1,1] のみであり, となる. 具体的には,Sater-Koster 表より, [H] s1x2 = exp[i d i ]H s1x2 (d i ) (38) R となる. [H] s1x2 = (exp[i d 1 ] + exp[i d 2 ] exp[i d 3 ] exp[i d 4 ]) V spσ 3 (39) 6