腎検体の標本作製と染色

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表 1. 染色性を左右する要因ブロック作製工程染色工程固定不良, 組織乾燥試薬調製ミス, 技術者過脱灰, 切片厚の問題のテクニカルエラー, 等等 2 試薬の管理染色試薬には従来は自己調製試薬が良い結果を生むという考えが多く見られた. しかし, 染色結果が不明瞭の場合, 試薬調製ミスなのか, 染色過程

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1 2 2 ANCA pouci immune IgG C3 ANCA 68 '01 '02 7 UN 14mg/dl, Cr 0.7 mg/dl, -, - ' UN 45mg/dl, Cr 2.4 mg/dl, Ht 29.5%, 4+, cm 61

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イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

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腎炎症例研究 26 巻 2010 年 着を一部に認める 糸球体病変はメサンギウ ム細胞 基質の軽度増加を認めた 毛細管係 蹄の変化を認めず 尿細管炎を認め 間質は 混合性の細胞浸潤があり 一部に線維化を伴 う 2 回目 最終発作から 6 ヶ月後 24 個中 14 個で糸球体硬化像を認めた 硬化 を伴

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プロトコール集 ( 研究用試薬 ) < 目次 > 免疫組織染色手順 ( 前処理なし ) p2 免疫組織染色手順 ( マイクロウェーブ前処理 ) p3 免疫組織染色手順 ( オートクレーブ前処理 ) p4 免疫組織染色手順 ( トリプシン前処理 ) p5 免疫組織染色手順 ( ギ酸処理 ) p6 免疫

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15 検査 尿検査 画像診断などの腎障害マーカーの異常が3ヶ月以上持続する状態を指すこととしている その病期分類方法は成人と小児では若干異なり 成人では糖尿病性腎障害が多い事からこれによる CKD 患者ではアルブミン尿を用い その他の疾患では蛋白尿を用いてそのリスク分類をしている これに対し小児では

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164 章血管炎 紫斑 その他の脈管疾患 表皮 A-2 B-3 真皮 A-1 B-2 A-1: 皮膚白血球破砕性血管炎 A-2:IgA 血管炎 B-1: 結節性多発動脈炎 B-2: 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症 B-3: 多発血管炎性肉芽腫症 皮下組織 B-1 図.2 炎症の主座となる血管の深さと血

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

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背部痛などがあげられる 詳細な問診が大切で 臨床症状を確認し 高い確率で病気を診断できる 一方 全く症状を伴わない無症候性血尿では 無症候性顕微鏡的血尿は 放置しても問題のないことが多いが 無症候性肉眼的血尿では 重大な病気である可能性がある 特に 50 歳以上の方の場合は 膀胱がんの可能性があり

Transcription:

腎検体の標本作製と特殊染色 愛知県臨床衛生検査技師会病理細胞検査研究班基礎講座 JA 愛知厚生連豊田厚生病院 臨床検査技術科田中浩一

腎組織の HE 染色標本 血管内皮細胞 足細胞 ( 基底膜の外側にある ) メザンギウム細胞 メザンギウム基質 遠位尿細管 ボウマン嚢上皮 ( ボウマン嚢を裏うちする ) 基底膜 ボウマン嚢 近位尿細管

糸球体 近位尿細管 遠位尿細管 血管

糸球体毛細血管 メザンギウム 基底膜 3 者の関係 血管内皮細胞 足細胞 赤血球 足細胞 基底膜 血管壁 メザンギウム細胞メザンギウム基質 血管壁 基底膜 足細胞

腎組織の特殊染色 腎疾患別に特殊染色を選択する必要がある 腎生検組織検索で概ね実施される特殊染色 1) ヘマトキシリン エオジン染色 (HE 染色 ) 2) 過ヨウ素酸シッフ反応 (PAS 反応 ) 3) 過ヨウ素酸メセナミン銀染色 (PAM 染色 ) 4) マッソン トリクローム染色 5) 弾性線維染色 上記 5 種類の特殊染色を基本とする事が望ましい

HE 染色 (Hematoxylin-Eosin 染色 ) 組織切片内の情報を幅広く抽出できる Goden standard な染色である 腎生検組織の場合 HE 染色法だけでは確認あるいは確定できない組織内成分や病的変化も多い 尿細管の変化はHE 染色で優位な情報を得られるが 糸球体や血管の変化をHE 染色だけで把握する事は困難である 腎生検組織検索において HE 染色は糸球体 尿細管 間質 血管のいずれに病変の主座があるのかおおよその見当つけに使用される

足細胞 ボウマン嚢上皮 基底膜 血管内皮細胞 メザンギウム細胞 メザンギウム基質

PAS(Perodic acid Shiff) 染色 基底膜およびメザンギウム基質は構成成分に糖蛋白を含むためPAS 陽性を示す 糸球体 尿細管 血管の各基底膜 メザンギウム基質 近位尿細管刷子縁 細胞内グリコーゲン顆粒 粘液性物質 高タンパク尿に伴う硝子滴顆粒などがPAS 陽性 腎組織のうち 糸球体の変化を観察するのに有用である

糸球体基底膜 メザンギウム細胞 メザンギウム基質 尿細管刷子縁 尿細管基底膜

PAM(Periodic acid silver-methenamin) 染色 PAM 染色の最大の利点は 細胞と細胞外基質との関係が明瞭に把握できることにある PAM 染色はHE 染色の要素も加味されているため 各細胞の detail が明瞭に把握できる 特に糸球体において 糸球体基底膜の変化やメザンギウム細胞とメザンギウム基質との相互関係の把握は他の染色よりも優れている 膠原線維もPAM 強陽性を示し 重合度の低いごく小さな膠原線維も確認することが可能で 間質線維化の評価にも有用

糸球体基底膜 メザンギウム基質

Masson trichrome 染色 膠原線維を青色に染め分けることにより 間質の線維化を容 易に把握できる 膠原線維の重合が進行していない若い線維化では全体に青色 が薄く見えるため 線維化の程度や古さの判定にも役立つ 糸球体への免疫複合物沈着が赤色に染まり 糸球体腎炎の診断に重要な情報源となる Azan 染色の代用では 細胞質の繊細な変化が不明瞭となり綺麗な仕上がりが困難である

糸球体基底膜 メザンギウム基質

弾性線維染色 血管 特に動脈性血管を囲む弾性版の変化や 弾性線維の層 状化の判定に適している 腎組織の弾性線維染色として Erastica- Masson が適している Erastica- Masson は Erastica van Gieson 染色に比べ退色 に強く 通常の Masson 染色による情報との対比もできるの で 腎組織の検索に有用である

糸球体疾患の分類 臨床症状から 1) 腎炎症侯群 2) ネフローゼ症侯群 臨床経過から 1) 急性糸球体腎炎 2) 慢性糸球体腎炎 原因疾患の有無により 1) 原発性糸球体腎炎 2) 続発性糸球体腎炎 形態学的特徴から 1) 管内増殖性糸球体腎炎 2) メザンギウム増殖性糸球体腎炎 3) 半月体形成性糸球体腎炎 4) 膜性腎炎 5) 膜性増殖性糸球体腎炎

主な糸球体疾患の特徴

糸球体病変の基本パターン & & & &

糸球体病変の分布に関する定義 病変のある糸球体 病変のない糸球体 びまん性 (Diffuse) 全節性 (Global) 得られた糸球体の大部分 (50% 以上 ) に病変が見られた場合 = びまん性 病変が 1 つの糸球体内のほぼ全体 ( 糸球体面積の 50% 以上 ) に広がっている場合 = 全節性 巣状 (Focal) 分節性 (Segmental) 得られた糸球体の一部 (50% 未満 ) に病変が見られた場合 = 巣状 病変が 1 つの糸球体内の一部 ( 糸球体面積の 50% 未満 ) にしか見られない場合 = 分節性

管内増殖性糸球体腎炎 細胞増殖 : あり. 基底膜肥厚 : なし 増殖している細胞 : 毛細血管内浸潤細胞 内皮細胞 メザンギウム細胞 著明な細胞増殖を特徴とする糸球体腎炎 糸球体は腫大し ときに分葉状を示す 毛細血管腔内には細胞成分が充満し 著明な多核白血球や内皮細胞の増殖をみる 糸球体の大部分(50% 以上 ) が管内増殖をしている場合 管内増殖性腎炎と呼ぶ メサンギウム領域においても単球の浸潤やメサンギウム細胞の増殖をみる 病変が高度ならば 半月体の形成や壊死性変化を伴う 代表格が臨床的に言えば急性糸球体腎炎( 溶連菌感染後急性糸球体腎炎 ) である

管内増殖性糸球体腎炎 名古屋第二赤十字病院提供

メザンギウム増殖性腎炎 細胞増殖 : あり. 基底膜肥厚 : なし 増殖している細胞 : メザンギウム細胞 糸球体の大部分(50% 以上 ) がメザンギウム増生を示している場合 メザンギウム増生腎炎と呼ぶ 1つのメザンギウム領域に細胞が3 個以上ある場合をメザンギウム増生と定義する ( 正常糸球体では1つの糸球体にメザンギウム細部が3 個あることは殆どない ) メザンギウム増殖性糸球体腎炎の代表格は IgA 腎症と膜性増殖性糸球体腎炎 で進行性慢性腎炎の病型をとることが多い

IgA 腎症症例 メザンギウム増殖性腎炎

半月体形成性腎炎 臨床的特徴 高齢者に多い 急速進行性糸球体腎炎症侯群を呈する 傍基底膜抗体陽性例では肺出血を伴うことが多い(Goodpasture 症侯群 ) MPO-ANCA 関連腎炎でも肺出血が起こることがある 予後不良光顕所見 細胞増殖 : あり. 基底膜肥厚 : なし 増殖している細胞 : ボウマン嚢上皮 半月体形成性(= 管外増殖性 ) 腎炎 半月体に伴って係蹄壁の壊死( 糸球体基底膜が切れることで 必ずフィブリンの析出を伴う ) を伴うことも多い

半月体形成性腎炎

膜性腎症 臨床的特徴 中年に多い ネフローゼ症侯群を呈する 発症は穏やか 予後は比較的良好( 特に日本では予後が良い ) 光顕所見 細胞増殖 : なし. 基底膜肥厚 : あり 糸球体基底膜が肥厚している( 尿細管基底膜と比較して厚ければ有意といえる ) PAM 染色ではSpikeやbubbly appearanceを確認できる Spike: 基底膜からクシの歯のように突起物が出ている所見 bubbly appearance: 基底膜の斜め切りの部分が泡つぶの様にぬけている所見

Spike と Bubbly appearance 血管内皮 免疫複合体 基底膜 免疫複合体が基底膜の上皮側に沈着すると基底膜物質が伸びてくる (Spike) Spike Bubbly appearance( 点刻像 )

膜性腎症

Bubbly appearance

膜性増殖性糸球体腎炎 臨床的特徴 小児や若年成人に多い ネフローゼ症侯群 + 急性腎炎症侯群 低補体を呈することが多い 治療抵抗性 難治性ネフローゼ症侯群 予後は不良光顕所見 細胞増殖 : あり. 基底膜肥厚 : あり 増殖している細胞 : 浸潤細胞 +メザンギウム細胞 係蹄基底膜の肥厚 メサンギウム細胞の増生 メサンギウム基質の増加 特徴は基底膜の二重化

膜性増殖性糸球体腎炎 名古屋第二赤十字病院提供

基底膜二重化の原理 メザンギウム基質 メザンギウム細胞 基底膜 基底膜の二重化 2 1 3 PAM 染色 内皮細胞 123 メザンギウム細胞が基質を伴って本来の基底膜と内皮細胞との間に割り込んでくる 本来の基底膜はコラーゲンなので PAM 染色で黒く染まる メザンギウム基質もコラーゲンなので PAM 染色で黒く染まる メザンギウム細胞の細胞質は黒く染まらない 本来の基底膜と基質に挟まれたメザンギウム細胞の細胞質の部分が白く抜けて見えるので基底膜が 2 重に見える

マッソン トリクローム染色の染色手順 脱パラフィン 水洗 媒染 (10% 重クロム酸カリウム 10% トリクロロ酢酸等量混合液 ) 15 分 流水水洗 3 分 核染色 ( 鉄ヘマトキシリン ) 5 分 流水水洗 ( 色だし ) 5 分 0.75% オレンジG 染色液 1 分 洗浄 (1% 酢酸水 ) 10 秒 ポンソーキシリジン 酸フクシン アゾフロキシン染色液 20 分 洗浄 (1% 酢酸水 ) 10 秒 2.5% リンタングステン酸水溶液 15 分 洗浄 (1% 酢酸水 ) 10 秒 アニリンブルー染色液 3 分 洗浄 (1% 酢酸水 ) 10 秒 脱水 透徹 封入

1 核染後 2 オレンジ G 染色後

3 ポンソーキシリジン 酸フクシン アゾフロキシン 20 分浸漬後 42.5% リンタングステン酸 15 分浸漬後

5 アニリンブルー 3 分染色後 6 脱水 透徹 封入後 ( 完成 )

媒染液の浸漬時間の差と染色性の違い 媒染時間 0 分 媒染時間 15 分 媒染時間 30 分 媒染時間 60 分

鉄ヘマトキシリンの有効性 鉄ヘマトキシリン マイヤーのヘマトキシリン ギルのヘマトキシリン カラッチのヘマトキシリン

オレンジ G 染色とマッソン トリクローム染色の関係 オレンジ G のみ染色オレンジ G なし MT 染色通常の MT 染色

染色液の成分と染色 ポンソー SX ビーブリッヒスカーレット アゾフロキシン 酸フクシン 酸フクシンで染色 ポンソーキシリジン 酸フクシン アゾフロキシンで染色

リンタングステン酸の浸漬時間とアニリンブルーの染色性 リンタングステン酸 0 分 リンタングステン酸 30 分 リンタングステン酸 15 分 リンタングステン酸 60 分

アニリンブルーとメチルブルーでの染色性の違い アニリンブルー メチルブルー アニリンブルー メチルブルー

PAM 染色の染色手順 脱パラフィン 水洗 蒸留水 1% 過ヨウ素酸水溶液 10 分 流水水洗 5 分 蒸留水 3 回 0.5% チオセミカルバシド 5 分 流水水洗 5 分 蒸留水 3 回 メセナミン銀液 65 30 分 ~ 蒸留水水洗 3 回 0.2% 塩化金 5 分 蒸留水水洗 3 回 2% チオ硫酸ナトリウム 2 分 流水水洗 5 分 HE 染色 脱水 透徹 封入

1 メセナミン銀浸漬 20 分 2 メセナミン銀浸漬 40 分

3 塩化金浸漬 5 分後 4 チオ硫酸ナトリウム浸漬 2 分後

5 ヘマトキシリン染色後 6 エオジン染色後 ( 完成 )

チオセミカルバシドの有用性 チオセミカルバシドなし : メセナミン銀 40 分 チオセミカルバシドあり : メセナミン銀 40 分

メセナミン銀液の反応終了点について メセナミン銀 ( 近位尿細管の細胞質が染まる ) 塩化金に浸漬 チオセミカルバシドに浸漬 HE 染色

塩化金使用の有無による比較 塩化金に浸漬した標本 塩化金に浸漬しなかった標本

チオ硫酸ナトリウム ( ハイポ ) 使用の有無による比較 ハイポに浸漬した標本 塩化金に浸漬しなかった標本

HE の染色について 同一切片での HE( 濃 ) と HE( 薄 )

切片の厚さに関する検討 切片薄い 切片厚い

参考文献 腎生検病理アトラス日本腎臓学会 腎病理診断標準化委員会 日本腎病理協会 腎生検診断 Navi 片渕律子 MEDICL VIEW 病理学堤寛医学芸術社

ご清聴ありがとうございました 63